†chapter12 悪徒の城05
1人地上に残された拓人は、靄に覆われた魔窟大楼の上空を見上げた。
「これ100メートルくらいあるだろ。行きたくないなぁ……」
しかし建物の中を通って行けば、時間も掛かるし危険も多い。デーンシングの構成員に出くわすこともそうだが、魔窟大楼の上層部手前には京劇の仮面を被った謎の3人組がいる。奴らとは直接戦ったわけではないが、身のこなしを見る限り相当な手練と考えて間違いないだろう。
膝を軽く曲げると拓人の周りに旋風が巻き上がった。
「飛んで行った方がましか……」
独りごちると拓人は空を睨みつけ、そして高く飛び上がった。
湿気を大量に含んだ空気を掻き分けて上昇していく。目の前の建物の壁が高速で通り過ぎて行くのを目で追いながら勢いに乗りどんどん高度を上げていくと、やがて目標のバルコニー上空まで舞い上がった。
見下ろすと、そこには雫と瀬戸口の姿がある。2人を確認した拓人は、バルコニーに向けてゆっくりと降下していった。
「あっ!」
着地に失敗した拓人は、床の上にゴロリと転がってしまった。まだ高さへの恐怖で足が震えているようだ。
「大丈夫?」
雫に言われ頷くと、辺りを見回した。魔窟大楼の上層部は、昼間だというのに濃い霧に覆われている。都心では珍しい天気だ。
「随分霧が濃くなってきたな」
「朝靄の後は晴れるっていうけど、今日は何だか一雨来そうな天気ね」
「そうだな」
そう言って空を見上げていた視線を下ろすと、雫の横にいる瀬戸口も自分と同じように倒れていることに気付いた。
「それにしても、その子大丈夫?」
「うん。よくわからないけど気を失ったみたい」
雫はそう言いながら瀬戸口の左の頬をペチペチと叩いた。しかし頬が赤くなるだけで彼女は目を覚まさない。
「無理もない」
有無を言わさず、いきなり命綱なしの逆バンジーをやられたら誰でもそうなるだろう。というか、その子はここまで連れてくる必要もなかったような気がする。拓人は瀬戸口に同情しつつ、震える足を無理やり押さえつけそこから立ち上がった。
「何だか嫌な予感がするけど、ここからどうしよう?」
空にかかった霧を見て、雫は不安そうに目を細めた。
「そいつをおぶって行くわけにもいかないし、雫はここで見張っててくれ。とりあえず俺が中の様子を見てくる」
「1人で平気?」
「ああ、危なそうだったらすぐに戻る」
拓人はそう言って振り返った。ヤバい。今の俺、超かっこよかった。雫に背中を見せつつ密かにほくそ笑むと、拓人は建物の中に向かって歩いて行った。
先程のバルコニーは共有スペースのようで、そこから各部屋へと続く廊下が伸びている。拓人は両側の部屋の扉に目を運びつつゆっくりと廊下を進む。怪しそうな部屋を探してみたが、そもそも拉致した人間を監禁する部屋の前を怪しい状態にしておく理由がないということに今更ながら気付いた。鍵も閉まってるだろうし、廊下から調べるのは意味がないのかもしれないな。そう思い足を運んでいると、やがて曲がり角にぶつかった。
このまま調べても埒が明かなそうだ。1度バルコニーに戻ろうか思ったが、念のために曲がり角の奥を覗いてみた。
すると廊下の先の1番奥の部屋の扉の前に、黒いスーツを着た2人の男が立っているのを確認した。見るからに怪しい。そう感じた拓人は、見張りの男たちに気付かれぬようそっと身体を戻した。
「ああ、絶対にあそこだな」
そう思った拓人は、踵を返し足音をたてないように来た道を戻っていった。バルコニーから回り込み外側から部屋に侵入しようと考えたのだ。
「早かったね。どうだった?」
バルコニーに戻ると、雫が聞いてきた。瀬戸口は相変わらず倒れたままだが、良く見ると両方の頬が赤くなっていた。
「ちょうどこの階に、不審な部屋があった」
「本当に?」
「ただ入口に見張りがいたから、ベランダから回ってみる」
バルコニーの端は各部屋のベランダと繋がっており、その境界は薄い隔て板で仕切られている。拓人は手摺りに登ってその仕切りを越えようとしたが、途中ここが高層階だということを思い出しすぐに思い留まった。
「おっきい音が鳴ったらバレるかな?」
そう聞くと雫は何を言っているのだろう? といった表情で首を傾げたがすぐに「大丈夫じゃない」と楽観的に答えた。
拓人は隔て板の正面に立つと、それを一撃で蹴破った。思った程大きな音は鳴らなかったようだ。まあ、外での出来事なので気付かれないと信じよう。そう自分に言い聞かせると、割った隔て板を潜りベランダに侵入した。
ベランダに入るなり窓があったので、そこから部屋の中を覗き込んだ。カーテンも掛かっていなければ家具の1つも置かれていない。どうやら空き部屋のようだ。
ほっとして肩の力を抜いた拓人は、続いてその先にある隔て板も躊躇なく蹴破り侵入した。隣の部屋も空き部屋だった。そしてその隣の部屋も。
3つ続けて空き部屋だったことに油断したのか、拓人は次の隔て板を蹴破る時思わぬ力が入って「ボコッ!」という大きな音をたててしまった。
その瞬間、ガラリという窓の開く音が聞こえ、拓人は瞬間的に身をすくめた。
一気に緊張が走る。拓人は壁にもたれ掛かり息を潜めると、すぐに窓が閉じる音がした。
しばらくその場に立ち尽くしていたが、ベランダに人が出てきた様子はなかった。拓人は慎重に割った板の陰から奥を覗き込んだ。やはり人の姿はない。外を確認した人間は、隔て板が破壊されていることに気付かなかったようだ。
今一度人がいないことを確認した拓人は、割った板を潜り極めて慎重に隣の部屋に侵入した。ベランダはこの部屋で終わっている。つまりここが角部屋。先程廊下側から見た見張りが立つ不審な部屋に到達したようだ。