†chapter11 墓場の住人08
狭い階段に2人の足音が響いている。随分長い階段のようだが、本当にこんなところに店などあるのだろうか? 呼吸をするたび、カビのような乾いた臭気が鼻の奥にまとわりつく。
「ところでカタコンベ東京って、何の店なんやろ?」
「えっ?」みくるは何かを考え込むように斜め上を見つめた。「医者じゃないの?」
「いや、鳴瀬が言うには医療行為は裏稼業らしいで。表向きには、小売店をやっとるとか言うとったんや」
「ふーん」みくるは薄汚れた階段の壁を見やる。「けどこんなことじゃ、きっと表稼業もろくなもんじゃないよ」
「せやなぁ」
そのタイミングで上条の目の前に大きな蜘蛛が糸を伝い下りてきた。みくるが騒ぎだすといけないので、気付かれないように糸を摘まむと振り子のようにそっと投げ捨てた。階段の下からピチャッという水の音が鳴る。
「今のなに?」どういうわけなのか、みくるは少し怒ったような声で聞いてくる。
「下に水溜りがあるみたいや。足元気ぃつけや」水音の正体を知る上条は、淡々と答えた。
長く続く階段を下りると、やはり階段の下には大きな水溜りが出来ていた。赤茶けた水の上には薄らと油のようなものが浮いている。水溜りに落ちたはずの大きな蜘蛛は、もうどこかに逃げたようだ。
上条はその汚水を避けて大きく股を開いた。1メートル程足を伸ばしたが、結局踵が水溜りを踏み汚水が跳ねた。
「みくるちゃん、ここに水溜りがある……」
手を差し伸べようと振り返ったその瞬間、階段5段目の位置からこちらに向かって跳び上がるみくるの姿が目に映った。
「はっ!?」「ちょっと、そこどいてよっ!!」
滞空するみくるがスローモーションで近づいてくると、そのまま上条の腹部にみくるの膝が突き刺さった。
「ぐえぇっ!!」
上条は腹の底から反吐のような声を上げる。ぶつかったみくるは上条を巻き込みながら地面を転がった。
「痛たたた。全くみくるちゃんは乱暴やなぁ」
「圭介がそんなとこで立ち止まってるからでしょ!」
「ちゃうねん。俺は手を貸そうとして……」その瞬間、突然「開いてるよ」という痰の絡んだ声がどこからか聞こえてきた。
「みくるちゃん、なんか言うた?」
「えっ? だから圭介がそんなとこに立ち止まってるから、ぶつかるんだって言ってるでしょ!」
「いや、そうやなくて。開いてるとかなんとかいう声が聞こえたんやけど」
上条がそう言うと、あることに気付いたみくるがいきなり上条の頬に張り手を喰らわせた。
「どさくさにまぎれて、どこ触ってんのよっ!!」「いっ!!」
叩かれた上条は後ろにつんのめると、後ろにあった木製の扉に頭をぶつけた。
ゴンッという鈍い音が鳴る。すると扉の向こうから「聞こえないのかい! 開いてるって言ってるだろ!!」という女性の怒声が聞こえてきた。先程の声の出どころもここのようだ。
上条は打った頭を押さえつつみくるに向けて人差し指を口の前に立てると、ゆっくり振り返りドアノブを引いた。
「失礼します……」
扉を繋ぐ蝶番から甲高い音が鳴り響く。僅かな隙間から眩い光が漏れた。
「誰だい、お前たち……」
光が漏れていた数センチ程の扉の隙間から、皺くちゃの人間の顔がこちらを覗きこんでいる。
「うわっ!?」
動転した上条は、少しだけ開いていた扉を無理やり押し閉めた。扉の向こうでゴンッという衝突音と「痛っ!!」という声が聞こえた。
「ヤバいよ」声には出さないが、みくるは口でそう言っている。
「だ、大丈夫ですか?」
上条がそっと扉を開けると、その前には車椅子に乗った大きな顔の老年女性が額を押さえ声を殺していた。
「かんにんやで……」
上条が謝るとその女性は大きな顔で睨みつけ、更に早口でまくし立てた。ただ日本語ではなかったため何を言っているのかはわからないが、怒っているということは間違いないようだ。
「鈍い音しとったけど、元気そうで良かった」
「何が良いことがあるかっ! コブが出来たじゃないか!!」女性はそこで日本語に切り替えた。
「だからごめんて」
適当に謝ると、女性は車椅子に備え付けた杖を取り出し上条に向かって振りまわした。
「わっ、あぶなっ! ほんまに元気な婆さんやな」上条はその杖を左手で受けそのまま掴むと、女性からその杖を取りあげた。
「年寄り扱いするなっ!!」
杖を奪われた女性は憤慨しながらそう言ったが、顔の皺の深さから察するにかなり高齢であろう。
上条はそこで部屋の中を窺った。
「ところで何なんやここは、拷問部屋か?」
部屋の壁という壁にはナイフや鞭、メリケンサック等の人を傷つけるための道具が幾つも飾られている。
「何なのかわからずにこんなことまで来たのか!? ここは武器屋だ。お前たちのようなチャラい奴らが来るところじゃない!」女性は口から泡を飛ばしながら言う。
「はぁ? 武器屋!?」
ゲームの世界にしか存在しないと思っていた業種を言われ、上条の口は思わず大きく開いた。