†chapter11 墓場の住人03
「日本語なら理解している。俺の前の上司は日本人だったからな」得意気な顔でバンハーンは言った。
「こんいーぷん?」
さっきも言っていたが、コンイープンというのは日本人という意味だろうか? もしかするとその元上司とは、殺されたみくるの母、佐藤紘子のことなのかもしれない。だとするならばバンハーンは自分の上司を殺したことになる。
「いや、お前の上司の話なんてどうでもええねん! 勝負しろや、バンハーン!!」
やせ細ったバンハーンの姿が目に映ると、自然と足が震えてきた。奴の石化能力はつい先日見たばかりだ。触れられたら身体が石と化してしまう。そうなれば取り返しがつかなくなるかもしれない。さて、どう戦うべきか……?
「貴様、俺の名を知っているのか? ならば俺の持つペトロクラッシュの能力も知っているのかもしれぬな……」
バンハーンは革の手袋を脱ぎ棄てた。骨ばった大きな手がそこから現れる。
上条は息を呑みこんだ。何か武器があれば良かったのだが、生憎今は丸腰だ。
身を低くしたバンハーンが1歩踏み込むと、その長い腕で殴りかかってきた。上条は横に移動してそれを避けたが、バンハーンは続いてすぐに宙に跳び上がると叩きつけるように両手を振り下ろしてきた。しかしそれも後ろに身を引き紙一重でかわしてみせた。
「まるでゾンビみたいな動きやな……」
バンハーンは薬物中毒者特有の爬虫類のような目つきで睨みつける。
「やはり、俺の能力を知ってるようだな」
「ああ、石化能力やろ。お前はその手に触れた物を全て石に変えることが出来るんや」
その詳細な情報は今、暴露の能力で調べたことだ。しかしこの短時間で、バンハーンの弱点まで暴くことは出来なかった。
「そうだ。そこまでわかっていながら勝負を挑んでくるとは愚かなガキだ。お前は俺に手を出すことすらままならない」
再びバンハーンの腕が前に伸びる。その攻撃を見極めた上条は拳に触れないように腕と襟を取ると、懐に入り背負い投げを喰らわせた。
「グエッ!」バンハーンは腹の底から苦しそうな声を上げた。
それほど得意でない投げ技がうまく決まったので、上条は思わず「ふぅーっ!」と声を上げた。
「手を出すことがなんやって?」
上条は倒れるバンハーンの腹に、上から拳を突き立てる。
「馬鹿がっ!」
仰向け状態のバンハーンは、下からその拳を掴んだ。
「あかんっ!!」
上条は急いでその手を振り払った。だが手の先がやけに重い。見ると右の拳がすでに鉛色の石の塊と化していた。
悔しげに奥歯を噛みしめる。投げ技が殊の外うまくいったため、油断していたようだ。
「お前の身体全て、石に変えてやるよ」
バンハーンは起き上がると、こっちにこいと煽ってくる。
「お前の挑発には乗らへんで」
上条は重くなった右手をだらりとぶら下げ様子を窺う。石と化した拳は自分の意志ではもう動かすことは出来なかった。こうなってしまったら、なんとか奴を叩きのめし手を元に戻させるしかない。本職のギャングが脅しに屈するとも思えなかったが、今はそれ以外に石化を戻す方法がなかった。
「最悪、命を奪うしかないのかもしれへんな」上条は小声で言ったが、バンハーンには聞こえなかった。
「来ねえんだったら、こっちからいくぞ!」
バンハーンがふらふらと近寄ってくる。狂ったように腕を振り回してくるので、上条は石化した右腕でそれを弾いた。バンハーンの手から赤い血が飛び散る。
「くそっ!」
重量のある上条の右手が、無意識に振り子のように揺れる。今はこれをうまく武器として利用するしかないようだ。
「石と化したこの手なら、もう石化の心配をしなくて良いようやな」
そう言われると、何故かバンハーンは嬉しそうに口を開いた。「全身石化すれば、もうそんな心配しなくて済むぞ」
バンハーンが突っ込んできた。勢いに乗って何度も殴りかかってくる。しかし薬物中毒者の動きは散漫だ。予測できない動きをしてくるが、それをかわすことは難しくなかった。
「お前の石化能力は厄介やが、戦闘能力自体は大したことあらへんな」
拳を避けた上条は、カウンターでバンハーンの顎を殴りつけた。
「んぐっ!!」
石の拳で殴られたバンハーンは、前傾姿勢でふらふらと頭を揺らすと足が崩れうつ伏せの状態で地面に卒倒した。




