†chapter10 空中公園の隠者13
「うわー、うまそうやなぁ! やっぱりフレンチは見た目から全然違うわ」
たった今、給仕係によってメインディッシュの肉料理がテーブルの上に置かれた。
「牛フィレ肉のグリルとフォアグラのロッシーニ風です」
「さっきのマトウダイのなんちゃらもうまかったけど、結局肉やろ。な?」上条は周りに同意を求める。
「わかりますよぉ。お肉はテンション上がりますよねぇ」
黄がそれに答えた。2人はこの食事会で、すっかり意気投合したようだ。
早速上条は、フォアグラの乗ったフィレ肉の左端にナイフを入れた。まだ中心に赤みの残るその断面に艶やかな脂が滲み、上から滴る濃厚なソースに混じると脂は自然とその中に溶けていった。
「いただきます」
大きめにカットした肉を、上条は1口で頬張った。
「ん―――っ!」
甘みのあるソースの味の後、柔らかいフィレ肉の赤身の旨味と、表面がカリッとしていながら中はとろっとクリーミーなフォアグラの脂の旨さが一体となり口の中に広がっていった。
「うわっ、うまっ!」思わず言葉が漏れた。大きく切った肉だったが、思いのほか柔らかいため数回咀嚼しただけで喉の奥に通っていった。
「やばいな。俺、やばいとかよう言わんけど、この料理はやばいわ」
上条は独り言のようにそう呟き、琉王に目をやった。だが彼は料理には手もつけずにじっと天井を睨んでいる。
「あれ? 琉王さん、まだ百聞の能力で2階の会話聞いとるんか?」
「ええ。ただ日本語とタイ語と英語が混ざってて、ほとんどわからないですけどね。黄くんのように語学に明るければ理解出来たのでしょうが……」琉王は黄に目を向ける。
「そうですね。3ヶ国語くらいなら、ごちゃ混ぜで話されても余裕で聞き取れますよ。はい」黄はそう言い切る。
「黄くんは、タイ語と英語喋れるんか?」
黄はフィレ肉にフォークを突き刺すと、得意気な顔でナイフを動かした。
「はいー。僕の能力は1つの情報から複数の刺激を得られるので、1度聞いた言葉は否が応でも覚えてしまうんですねぇ」
「ああ、シナスタジアの能力やな」
「そうですー。例えばタイ語で美味しいはアロイと言うんですが、僕はアロイという言葉を聞くだけでこの料理を食べた時と同じように美味しいという情報が脳に伝わってくるんですよー」黄はそう言うとカットした肉を口の中に運んだ。
「それは便利やなぁ。幾つでも言語を覚えられそうや」
「今のところ、フランス語とイタリア語とスペイン語と中国語と朝鮮語、それとエスペラント語も話せますよー」
「えーっ!? 何リンガルになるんやそれ!?」
「普通にマルチリンガルで構いませんよー。ポリグロットともいいますが」黄は肉を更にもう1切れ口に運んだ。
そこにきて、ようやく琉王がナイフとフォークを掴んだ。
「黄くん、エスペラントなんていつ覚えたんですか?」
黄はもぐもぐと口を動かしながら、笑みを浮かべる。
「へへへー。エスペラントは冗談ですよー」
どうやら話せる言語は全部で8ヶ国語で、エスペラント語が話せると言うのは冗談だったようだ。何が面白い冗談なのかは正直わからない。
「そうですか。ちなみに先程彼らが『代々木ボンガイ』というワードを口にしていたのですが、ボンガイというのは日本語に訳すとどういう意味ですか?」
「うーん。それはたぶん闘鶏場のことですねぇ」
「闘鶏場?」勿論代々木に闘鶏場などあるはずもない。琉王は何か硬いものでも噛んでしまったかのように顔をしかめた。「代々木闘鶏場ということでしょうか?」
「そうです。タイの農村部では庶民の娯楽として未だに人気があるみたいですよぉ。まあデーンシングの皆さんが話してる闘鶏場は、それとは違う意味だと思いますけどねぇー」
「成程、裏の意味があるんですね」
「はいー。タイ語で闘鶏は『ガイ・チョン』と言うのですが、そのガイ・チョンは亜種同士で殺し合いをさせることの隠語として使われているのです。つまり闘鶏場を指すボン・ガイもその殺し合いが行われる場所のことを指したりするんじゃないですかねぇ」
琉王はフィレ肉とフォアグラを申し訳程度に小さく切り、それを口に入れ丁寧に咀嚼した。
「おぼろげですが、次に彼らがやりそうなことは見えてきましたね」
「デーンシングは代々木で亜種の殺し合いをしようとしているんか……」
代々木とは渋谷区の北部に位置する地名であるが、東京都23区内にある都市公園の中で4番目に大きい代々木公園や、その他代々木と名の付く元代々木町、代々木神園町、代々木上原を含む地域の汎称地名としても通常使われている。
「闘鶏賭博もデーンシングの収入源の1つですからねぇ。世界で最も亜種が集まっていると言われている東京でそれを開催すれば、大きな収益になるんじゃないでしょうか?」
黄は釣り上がった目でニヤリと笑みを浮かべた。