†chapter10 空中公園の隠者09
「デーンシングに?」
動揺した上条が周りを窺うと、一瞬だけ目が合った拓人が息を漏らした。
「殺された……?」
「……はい」琉王がたっぷりと間を開けて頷く。
琉王は自分たちの母親は、デーンシングの人間に殺されたのだと言った。外国のマフィアに命を奪われるなど、あまりに非現実的な出来事で唖然としてしまった。だがそれが事実だとすると、みくるがデーンシングについて詳しかったり異常なまでに怯えていたりしたことの辻褄が合ってくる。
「へー、あのデーンシングにねぇ」黄は顎の辺りを掻いた。何か考えているようにも見えるし、何も考えていないようにも見える。
「そうや、何でみくるちゃんのおかんはデーンシングに殺されなあかんかったんや?」
上条にそう聞かれると、琉王は何か言いにくそうに口元に手を当てた。
「実はその当時、母はデーンシングのメンバーだったのです」
琉王の言った一言で、管理室に衝撃が走った。
「えっ、嘘やろ?」
上条は琉王の顔に目をやった。嘘を言っている人間の顔じゃないことはわかる。そもそも冗談で言うような話ではない。
「勿論、デーンシングに所属していたのは理由があります。亜種でみくると同じオッドアイだった母は、人身売買目的でデーンシングによって拉致されてしまったのだそうです」
「拉致?」
そうだ。以前みくるは、デーンシングは亜種や異形の人身売買で急成長した組織なのだと言っていた。異形は彼らにとって絶好のカモなのだとも。
「始めは人身売買目的で連れ去られたようなのですが、その後母の持つ能力が気に入られ強制的にメンバーにさせられたそうです」
「自分の意思ではないんか。けど、そこから逃げられへんかったんかな?」
「デーンシングはその時すでに世界中に支部がある巨大な組織になっていましたから、恐らく逃げるのは容易なことではないでしょう。もし仮に逃亡できたとしても、デーンシングの持つ世界中のコネクションを使って調べ上げれば簡単に捕まってしまうことは間違いありません。その時は同じ異形である私とみくるも、人身売買の餌食になっていたことでしょう」
勿論相手がデーンシングでは警察に通報しても無駄になる。一度デーンシングに目を付けられてしまったら、もう逃れることは出来ないと悟った琉王とみくるの母、佐藤紘子は自分の子供を守るためにデーンシングに身を置くことを決意したということなのだ。
「みくるちゃんは、自分のおかんのこと嫌ってるみたいやけどそのこと知っとるんか?」
上条の質問に、琉王は首を振った。
「それはわかりません。しかしデーンシングのメンバーによって殺されたということは、もしかすると知っているかもしれませんね」
琉王はそこまで言うと力なく息を吐いた。当時の辛い思い出が蘇ってしまったようだ。
「あなたたち兄妹がかすみ園に来たのは、そんな経緯があったからなのね。父親が若くして亡くなっていたことは親戚の人から聞いていたけど、母親のことは私も知らなかったわぁ」
キム子はそう言って煙草に火を点けた。口から吐かれた煙が天井に向かって立ち昇る。
「恐らく母は自分の置かれた状況を、親戚を含め誰にも言っていなかったのだと思います。なので私はかすみ園を出てから、百聞の能力を使い母の事を徹底的に調べました。連れ去られた母は何故デーンシングのメンバーになったのか? そして何故母は殺されてしまったのか?」
管理室に僅かな沈黙が落ちた。外の雨は降り方を強め、天井に落ちる雨音が室内に静かに鳴った。
「母が人身売買のためデーンシングに拉致されたのは、今から12年程前のことです。先程も言いましたが、母はオッドアイであるがために彼らに拉致されてしまいました。ですが母の持つ『ジェムクラッシュ』の能力に惚れ込んだ初代首領『デーンシング・ヴォラギアット』により母は組織内に身を置くこととなり、それから6年の間『プロイ』という名でデーンシングの活動を続けていたそうです」
「それは壮絶ですねー。けどその首領が惚れ込んだっていう、ジェムクラッシュっていうのはどんな能力なんですかぁ? 聞いたことないなー」
黄は人ごとのように聞くと、思い切り背伸びした。質問はしたが、あまり興味はないのかもしれない。
「簡単に言うと人体の物質化です。ジェムクラッシュの能力を持つ者の手によって殴るなどの衝撃を与えられた人間は、身体が部分的に欠損しその部分が色とりどりの小さな宝石となって砕けてしまうのだそうです」
「へぇ」
上条はその能力を想像してみた。襲いかかる暴漢の拳をかわしつつその右肩を殴りつけると、そこから煌びやかな石の粒が無数に弾け飛ぶ。そして地面に広がった幾つもの小さな宝石の上に、欠損し肩から外れた右腕がぼとりと落ちる。
上条は自然に身震いがした。
「人体を砕く上にそれを宝石に変えてしまうとは、悪党なら絶対に欲しがる能力やろな。そんな金になる能力の持ち主なら組織内でも優遇されそうやけど、何で殺されてしもうたんやろ?」
琉王は「それは恐らく私のせいです」と言うと、神妙な面持ちでネクタイの結びを直した。
シングルマザーだった佐藤紘子は自分の子供の存在をデーンシングに知られていなかったのだが、渋谷にカジノを作った琉王が裏社会にまでその名を轟かせるようになると、当時幹部だったワンディーという男に二人の間に親子関係があることを気付かれてしまったのだ。
子供たちにはデーンシングと関わらせたくなかった紘子は、ワンディーの口を封じるためジェムクラッシュの能力で彼を粉々になるまで粉砕し、そこで発生した宝石は全てチャオプラヤー川に沈め証拠隠滅を図ったはずだった。だが幹部であるワンディーが姿を消し組織内が混乱する最中、ワンディーの部屋に小さな宝石が1粒残っていたのが発見され、容疑の掛かった紘子はバンハーンという男に銃で撃たれ死んでしまったのだという。
「私が中途半端に関わってしまったことで、母は殺されてしまったのです」
琉王の声が微かに震えた。見ると彼は怒りや悲しみを隠すかのように目を細め、じっと口を固く閉じている。