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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter10 空中公園の隠者
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†chapter10 空中公園の隠者01

 「困ったなあ。渋谷を制するはずが、まさか世界的犯罪組織に狙われることになるとは……」

 オフィスチェアに座った上条圭介は、それが満更でもないかのように言う。


 「何を悠長なことを言ってんだよ。殺されるかもしれないんだから、もっと真面目に考えろよ!」

 縦長ロッカーに寄りかかった山田拓人が後ろから非難する。

 「せやなー」

 上条はそう言うと首筋を掻いた。部屋の端で会話を聞いている巡査は、苛つく気持ちを押さえ目を瞑った。


 「お茶がはいったよ」

 淹れたてのお茶を持った天野雫が奥の扉から顔を出した。

 「おー、待ってました。これが台湾のお茶か。ええ香りやな!」

 上条は鼻から息を吸い込んだ。果実のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 拓人はお茶を受け取ると、早速一口飲み込んだ。「あ、うまい!」

 「ほんまに?」

 上条も湯呑に口をつける。蜜のように甘い味が舌先を包み込んだ。


 「おい。交番はお前らの休憩所じゃないんだぞ」

 隅から巡査が口を挟んだ。そうここは巡査の勤務する宇田川交番なのだ。


 「ていさんごめんね。どうしてもお茶が淹れたかったから」

 そう言うと、雫はお盆の上に乗った小さな湯呑を巡査に渡した。

 「没問題メイウェンティ」(問題ない)

 少し怒っていた巡査だったが、雫からお茶を受け取ると自然に顔がほころんだ。


 「あー、うまいよ雫ちゃん。台湾のお茶なんて初めて飲んだけどうまいもんやな!」

 上条にそう言われ、雫も少しだけ気分を良くした。

 「おばあちゃんが作ったお茶だから」


 「ん、おばあちゃんが作ったん? 雫ちゃんのおばあちゃんて、台湾の人なんか?」

 初めて聞く情報に驚き、上条は反射的に暴露の能力で調べた。どうやら雫の母方の祖父母が台湾人のようだ。

 「何だよ圭介君、暴露の能力持ってるのに知らなかったのか?」

 いやいやちょっと待ってくれと、上条は掌を前にする。

 「プライバシーに関することは、必要以上に暴かへんっていうのが俺のポリシーなんやで」


 交番の中に白々しい空気が流れる。

 「前に俺の名前と出身地暴露したくせによく言うよ」

 「そうやったっけ? まあ、ええやん。それよりこれ何てお茶? めちゃくちゃ美味しいなあ」


 「東方美人ドンファンメイレン。日本語だととうほうびじんっていうお茶。今年はあんまり出来が良くなかったからっていっぱい送ってきたの」

 「良くなかったんかーいっ!」

 上条は湯呑を持ったまま、オフィスチェアの背もたれにのけ反った。


 「雫は中国語も話せるの?」

 拓人にそう聞かれ、雫は静かに頷いた。

 「少しだけなら」


 横にいる巡査がお茶を一気に飲み込む。「好喝ハオフー

 「多謝ドォシェ」雫は穏やかに微笑んだ。


 「そうかー、だから巡査と雫ちゃんは仲がええねんなぁ」

 上条は拓人に向けてそう言った。拓人は目を反らしお茶をすすると、湯呑を上条の前のデスクの上に置いた。

 「そんなことより、昨日の話をしようぜ。俺らがいなくなってから、スクランブル交差点で一体何があったんだ?」


 皆一斉に雫の顔を窺う。この中で、昨日の騒動を最後まで見届けたのは雫だけだった。

 「あの後、皆身動きが取れなくなって殺されそうになってしまったんだけど、突然白髪の刑事さんが現れて助けてくれたの」


 「それはみくるちゃんも言うとった。視線が合うと身動きが取れなくなる能力を持った亜種がおったんやけど、その刑事にはそれが通用せんかったらしいな。一体何者なん?」

 上条は巡査に目を向ける。

 「それは本庁の刑事の貞清さんだな。あの人は人外の能力覚醒と同時に視力を失ったらしい。それで視線が合うと動けなくなる能力とやらが効かなかったのだろう」


 雫は若干腑に落ちない表情で頷く。

 「うん。けどあの人の動きは、健常者のそれと変わらなかったように思える」


 「それは貞清さんの能力に関係してる」

 巡査がそう言うと、雫は首を傾げた。

 「あの電気を操る能力?」


 飲み干した湯呑を自分のデスクの上に置くと、巡査はそっと頷いた。

 「貞清さんのライトニングの能力は触れるだけで相手を倒すことが出来る強力な能力だが、実はそれだけじゃなく微弱な電波を常時体中から発していて、その電波の跳ね返りで周りの人や障害物を感知しているんだそうだ」


 上条は感心したように「はあー」と声を上げた。

 「人外の能力をうまく使いこなしてるなぁ。けど話によるとそのライトニングの能力で1人、デーンシングのメンバーを殺してしもうたんやろ?」

 そう。あろうことか貞清はデーンシングのパイソンと呼ばれる男を電撃で瞬殺してしまったのだ。


 「それのせいで貞清さんは自宅謹慎中だ。まあ、一番厄介な奴と踏んでわざと殺したんだろうが、警察内では今そのことで大騒ぎになっているよ」

 「わざと!? わざと殺すとか恐ろしい刑事やな」


 巡査は「ああ」と返すと、無くなってしまったお茶の変わりに今度は紹興酒の瓶を手に取った。

 「だがあの人がいなかったら、雫がどうなっていたかわからないからな。それだけは感謝しなくてはいけない……」


 紹興酒の瓶に口をつけると、巡査はそのまま一口呑み込んだ。安物の紹興酒のすえた香りと、東方美人ドンファンメイレンの芳醇な香りが狭い交番の中で入り混じった。


 「ただ、デーンシングと一度でも関わってしまった以上、奴らは地の果てまで追いかけて来るだろう。お前たちは命を掛けてでも雫を守るんだ。いいな?」

 巡査は釣り上がった細い目で上条と拓人の二人を威圧し、そしてまた紹興酒をあおった。

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