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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter2 宇田川町の花火
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†chapter2 宇田川町の花火04

 腹の底に響く重低音と、華のように幾重にも広がる光の粒。

 花火は東京が江戸と呼ばれていた時代から愛されている夏の風物詩だ。しかしながら、それを目の当たりにした渋谷の若者たちの現在の心境は、喜びよりも戸惑いの気持ちの方が遥かに勝っていた。

 街のど真ん中。しかも停電した直後のこのタイミングでの打ち上げ花火など、誰も予想できなかったのだから仕方あるまい。


 だがそんな中、拓人だけは1人困惑せずに心の平静を保っていた。上京したばかりの彼は、これが渋谷の日常なのだと勝手に解釈していたのだ。


 「……もしかしてこれって、チャンスじゃね?」

 最初に上がった直径200メートルの大花火の後、申し訳なさそうに直径60メートル程の花火が2発上がると、拓人は唖然としている黒髪を後ろから抱きしめ、真上に向かって飛び上がった。


 人を抱えてジャンプしたところで、本来なら縁石を跳び越えるのが関の山だろう。だが拓人は膝を曲げたタイミングで目を光らせると、下から吹き上げた風に乗り5メートル程の高さまで一気に飛び上がってみせた。


 車のライトくらいしか明かりがない暗闇の中、2人が着地したのはスクランブル交差点の信号機の上だった。

 「だ、大丈夫か?」

 黒髪を心配した拓人はそう言ったが、当の本人がその足をガクガクと震わせていた。実のところ拓人は、高いところが大の苦手だったのだ。


 黒髪は暗闇に目が慣らすように何度か瞬きすると、ゆっくりと拓人の方に視線を向けた。

 「それ、本当に面白い力ね。何の能力なの?」

 「し、『疾風』の能力だよ。俺は風を自由に操れるから、その風の力を利用してここまで飛び上がったんだ」

 「風? ふーん。けどここからじゃ逃げられないから、せめてそこのキャピタル電力ビルの屋上まで飛び上がってみせて」黒髪は抑揚のない声でそう言う。


 「キャピタル電力?」

 拓人は黒髪の指差すビルを見上げると、また足がすくんでしまった。

 キャピタル電力とは電力自由化の後、首都圏で最大の電力会社になったところだ。変電所も兼ねた本社ビルが渋谷にあるということは拓人も知っていたのだが、まさか目の前にあるこの巨大なビルがそうだとは思ってもいなかった。

 「キャピタル電力のビルってこれのことか!? 俺、高所恐怖症だから無理だよっ! 見てみろ、信号機の上でも足が震えてるだろ!」


 黒髪はつまらなそうに拓人の震える足を見て、その後下を覗きこんだ。

 「ここはそれほど高所じゃないと思うんだけど……」

 「十分高いっつうの! だからあんな高層ビルの屋上なんて、どう考えても無理なのっ!」

 拓人はそれが絶対に犯してはいけない領域だということを唾を飛ばしながら説明したのだが、黒髪はそれが不服であるかのように目を細め唇を尖らせた。


 「じゃ、私がやってみる」

 「おう、そうか。それならやってみろ……って、はぁ!?」

 黒髪はそのノリツッコミ気味の言葉を無視して拓人の背中に腕を回すと、そのまま密着するようにギュッと抱きしめた。


 「なっ、何をする気だっ!?」

 拓人が慌てて振り返る。すると、いきなり下から突き上げるような突風が吹き抜けた。しかしその風は信号機の上にいる黒髪のスカートをめくり上げただけで、先ほどのように高く飛び上がるということはなかった。


 「……どうして?」

 黒髪は怪訝な表情で問いかけたが、拓人は高所と風による信号機の揺れで最早気絶寸前だった。

 「聞いてるの? なんで飛び上がれなかったの?」

 そこでようやく拓人の意識が正常に戻った。

 「ちょっ、何で俺の能力が使えるの……?」


 「ちゃんと私の質問に答えて。何であなたがやったように飛べなかったの?」黒髪は拓人の耳を思い切りつねる。

 「痛いっ!! 暴力反対!!」

 そう言うと黒髪は更に強く耳をつねってきたので、拓人は自分の能力について渋々口を割った。


 「風の力で飛び上がるんじゃないんだ。竜巻程の力があれば別だけど、風力だけでは人を浮かせることはできないだろ」

 「じゃ、どうするの?」

 黒髪に無垢な瞳で見つめられると、拓人は少し頬を赤く染め、そして静かに息を吐き出した。

 「風を操るだけでなく、自らが風と一体化して飛び上がるんだよ」


 「風と一体化?」

 「そう。その時自分が触れているものも含めて、風の一部になり飛び上がるんだ。横に速く移動したのも理屈は一緒。まあ、それを理解したところで簡単にできるものでもないけどな。俺だってこの技術を身に付けたのはつい……」「やってみる」

 拓人の言葉を遮ると、黒髪はまたもそう宣言した。


 頑固な性格なのだと思い拓人が閉口すると、すぐにまた下から先程と同じ程度の突風が吹き上げた。


 簡単にできる技術でもないのに……。そう思いながら揺れの恐怖を抑えるために目を瞑ると、拓人は自分の足元が軽くなる感覚を覚えた。

 まさかと思い目を見開く。すると黒髪に抱えられた拓人は、その風に乗り高く飛び上がっていた。

 「えっ!! マジかっ!?」


 しかし風が安定しないためか、2人は巻き上げられるようにぐるぐると回転しながら上昇していく。思わず吐き気を催してしまった拓人だが、すぐに緊張感が押し寄せ堪らず胃酸を呑みこんだ。斜め方向に上昇する2人の延長線上に、古い雑居ビルがそびえ立っていたのだ。


 「あぶねっ!!」

 拓人は雑居ビルの壁に叩きつけられる寸前、その壁を両足で蹴り何とか飛ぶ方向を反転させた。


 辛うじて衝突は避けられたが、困難は更に畳みかける。上を見上げると、別の雑居ビルから突き出た大きな看板が目の前に差し迫っていた。万事休す。


 成す術もなく拓人は黒髪を抱えたまま身を丸めると、その瞬間、目の前で大きな炸裂音が鳴り響いた。始めは看板に激突したのかと思ったが、そうではなかった。その大きな看板は、どういう訳か2人とぶつかる直前に木っ端微塵に砕け散ってしまったのだ。


 割れたアクリル片の雨を全身に浴びながら、残った看板の枠組みの中をスルスルと擦りぬけていく。どうやら看板を破壊したのは黒髪の仕業のようだ。彼女は一体、どんな能力を持っているのだろうか?

 停電により街明かりを失った夜の空を、2人は上昇気流に乗り高く高く上っていく。


 やがて下からの風が吹き抜けると、彼らは渋谷駅前のビル群を見降ろす高さ100メートルの上空に浮かんでいた。漆黒の闇に包まれた無重力の海を漂うように、2人は緩やかな風に乗り空中を彷徨う。


 拓人は遥か下にある道路に、いくつかの車のライトを確認した。まだこの段階では高さを実感することはできなかった。そしてしばらくして街の明かりが復旧しだすと、まるで光の粒が密集した天の川のような街の輪郭が浮かび上がってきた。


 「綺麗な街……。気にいったわ。あなたの能力」

 黒髪が呟く。しかし拓人はその時点で気絶してしまっていた。


 返事がないことを気にするでもなく、黒髪は拓人を抱えたままゆっくりと下降すると、地上20階建てのキャピタル電力ビルの屋上に静かに降り立った。


  ―――†chapter3に続く。

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