†chapter8 奇跡の能力04
渋谷の駅前は午後6時を過ぎネオンと音楽の規制が無くなったため、流行りの洋楽が空気を揺らすほどの大音量で鳴り響いている。しかしそんな中でもハチ公前広場だけは、音楽を寄せ付けない程の緊迫した空気が流れていた。
人類最初の亜種である中島和三郎の持つ奇跡の能力とは、一体どんな能力なんだろう? 拓人が静かに息を呑むその横では、集中した様子の中島が右の掌を上に向けて何かを呟いている。
中島は目を光らせると、目の前の空気を右手で掴むように握りしめた。
「えっ!?」
するとその握りしめた右手の中から、サラサラと白いものが落ちてきた。
「な、何だこれは?」
「聖灰じゃ」
「せーはい?」
拓人は小机の上に積もった白いものに目をやった。そこでようやく「せーはい」と言われたのが「聖灰」だということに気付いた。
「この能力は空間の物質化。ワシの右手で空気を握るとそれが灰になって現れるのじゃ」
「何の役に立つんだよその能力っ!!」
思わず大きい声を出すと、また胸の下の打ち身に痛みが走った。
「いやいや、当時の能力といったらこんなものばかりだったんだぞ。目から蜜が出るとか、水を葡萄酒に変えるだとか、時空を捕らえただとか、まあ9割はマジシャンによるインチキ能力じゃったがな」
中島はそう言うと、不服そうに息を漏らした。その眉唾ものの能力のせいで、当時中島もバッシングを受けていたのかもしれない。
拓人は肩の力を抜き、コンクリートの背もたれに寄りかかった。手から灰が出てくるだけの実用性のない能力でも、確かに亜種がいなかった当時なら奇跡の能力と思えたのかもしれない。だが、多様な能力が確認されている現代では奇跡と呼ぶにはあまりにお粗末な能力だった。
「それはそれとして、お前は今、探し物をしているだろう?」
不意に中島がそう言うと、拓人はようやくハチ公前で琴音を保護しなければいけないという本来の目的を思い出した。
「やばい、すっかり忘れてた!」
拓人は立ち上がるとハチ公前付近を見渡した。渋谷は午後6時を過ぎると一気に治安が悪くなるので、5時以降子供を見かけることは少ない。小さな女の子がいれば目立つはずだがパッと見る限りどこにもいなかった。
「人だな。お前は誰かに頼まれて人捜しをしているのだろう?」
「何故わかる?」
明らかに人を捜す目線だったので中島はそう言ったのだが、拓人はそれに気付かない。
「全てはお前の人相に出ている。その人物は恐らく幼い子供だな?」
これも勿論、目線の高さでわかることだった。
「すげーぞじいさん! 奇跡の力だ!」
「馬鹿め。ワシの奇跡の能力は、占いのことじゃないと言っているだろう。占いなんてもんは所詮統計学に過ぎん。データさえ頭の中に入れておけば誰だって出来るものじゃ」
「いやいや、サイババもどきの能力よりこっちの方が全然凄いよ」
「何という無礼な若造だ」中島は憤慨した様子で鼻を鳴らした。
「それじゃその子がどこにいるのか捜してくれよ。この辺りにいるはずなんだ」
「仕方がないのう。それじゃ人捜しとなるとお前の人相だけでは埒が明かないから、筮竹でも使うかの。で、どんな子供だ?」
「小学校低学年くらいのオッドアイの女の子なんだけど……」
拓人がそう言うと、中島は「おーおー」と言って手を叩いた。
「それなら占うまでもない。オッドアイの娘ならさっきまでここにおったぞ。水玉のワンピースを着た子だろう?」
琴音がどんな服を着ていたのかまではいまいち覚えていない拓人だったが、オッドアイ自体の絶対数がそう多くないのでその人物が琴音に違いないと確信した。
「いたのか!? で、その後どこに行った?」
「施設に帰ると言っとったぞ」と中島は言う。
琴音と思われる子供は自分で帰ってしまったようだ。帰る場所が施設と言っていたのなら本人で間違いないだろう。
「そうか、それなら良かった。しかし琴音ちゃんは施設に帰らずに、こんなことで何してたんだ?」
一安心した拓人は再びその場に腰を下ろすと、中島は琴音がここに至る経緯を教えてくれた。
小一時間程前、中島が渋谷区役所の近くで先程の奇跡の能力を子供たちに披露していると、琴音が後からやってきて興味深くその光景を眺めていたらしい。あまりにも熱心に見ているので話しかけてみると、母親を捜しているのだがその母親がこの奇跡の能力に似た能力を持っているので思わず見とれてしまったということだった。
袖触れ合うも他生の縁。易者である中島は母親の居場所を占ってやろうと、いつも易者をやっているこのハチ公前まで連れてきたということだった。
「何でその場で占ってやらねえんだよ。おかげですげえ面倒くさいことになったじゃんか」
「人相だけで占えることならその場でやってやれるが、さっきも言ったように人捜しとなると人相ではわからん。だから占い道具が置いてあるここまで連れて来たんじゃよ」
中島はそう言って近くのコインロッカーを指差した。どうやらあそこに道具を保管しているらしい。
「商売道具なのに持ち歩いてないのか?」
「当たり前じゃ。椅子やら机やらいっぱいあるのに一々持ち歩けるか」
毎日ここでやっているのだから、商売道具は全て駅のコインロッカーに保管しておいたほうが合理的というのか中島の意見だ。
「その効率ばかりを優先した結果、巡り巡って俺は袋叩きにあったんだぞ」拓人は痛む胸の下を両手で押さえた。
「袋叩きは知らん。そりゃお前さんが無礼な奴だからじゃろ」
経緯を知らない中島は問答無用にそう言いきった。