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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter7 彷徨いの少女
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†chapter7 彷徨いの少女08

 渋谷区役所前交差点の短い横断歩道を渡る上条とみくるの二人は、そのまま神南の方角にゆっくりと歩を進めている。

 「あーあ、今更かすみ園に行くことになるなんて思いもしなかった」


 大きな街路樹を眺め、みくるはため息と共に独りごちた。

 日は西に傾き始め、少しだけ涼しげな空気が露出度の高いみくるの身体を撫でるように通り過ぎた。


 「久しぶりなん?」

 みくるの過去のことなど何も知らなかった上条は、少しだけそのことに興味を示した。

 「久しぶりってほどでもないけど、半年ぶりかしら」

 みくるは小学校一年生から高校三年生までの間かすみ園で暮らしていたのだが、高校を卒業すると共にその施設を出たのだ。


 「まあ、施設いうても学生時代ずっとそこで暮らしてきたなら、職員さんは親も同然なわけやろ? たまには顔出してもバチは当たらんと思うで」

 上条にそう言われたみくるは、肌寒さも手伝ってか全身に鳥肌が立った。

 「親だなんて恐ろしいこと言わないでよ。あんなのと血が繋がってたら……」

 そこまで言うと、みくるは何かを想像したのか小麦色の顔が一気に青褪めた。


 「繋がってたら?」

 上条にそう聞かれたみくるは真顔で答えた。

 「オリンピックで金メダル取ってるわ」

 「何やそれ? めっちゃ凄いやん!」


 緩やかな坂を下っていきハローワークの横の路地に入りこむと、左手にその施設はあった。

 真っ白い塀の中央に黒い鉄門が備えられ、そこから石畳のアプローチの先にこじんまりとした青い屋根の建物がある。

 みくるは鉄門をそっと開くと、泥棒のように音も無く侵入した。


 「みくるちゃん、もうここの住人やないんやし、一応インターホン使った方がええんちゃう?」

 上条がそう言うと、口の前で指を一本立てたみくるが「シーッ」と言って顔をしかめた。

 「ここの職員で会いたくない人がいるのよ。圭介も見つからないように、あたしについてきてっ」


 なぜこんな犯罪者のようなことをしなくてはいけないのか……?

 上条は渋々身を低くして後を追うと、先に行くみくるは建物の裏手に回り込んだ。そして空色のショートブーツを素早く脱ぎ、木製のベランダの囲いに足をかけ内部へと侵入した。


 上条が一連の慣れた動作を唖然として見ていると、建物の中の人間がこちらに気付いたのかベランダの扉がゆっくりと開いた。

 「まあ、みくるさんはいつになってもベランダから入ってくるんですねぇ」

 扉から顔を出したのは白髪の老婦人だった。

 「すみません、お久しぶりです」

 みくるが挨拶するとその老婦人はベランダの外に目を向けたので、目が合った上条は慌てて会釈をした。


 「とりあえずお上がりなさい。紅茶を入れてあげますよ」

 「はい。ありがとうございます」

 礼を言ったみくるは、上条に早く来いと無言で催促した。

 上条は仕方がなくベランダを仕切りを跨ぎ、建物の中に入っていった。


 「良くいらっしゃいましたね。元気そうでなによりです」

 陶器のティーポットにお湯を注ぎながら老婦人は微笑んだ。

 「園長先生もお元気そうですね」

 椅子に腰かけながら、みくるは言った。老婦人はこの施設の園長のようだ。ベランダから侵入したので良くわからないが、恐らくここは園長室なのだろう。まあ、暴露の能力で暴く程のことではない。


 上条もみくるの隣の席に腰掛け、部屋の周りを見渡した。十二畳ほどの部屋の周りには沢山の本棚と子供たちが書いたと思われる水彩で描かれた風景画や、クレヨンで描かれた人物画が貼られている。

 部屋の中央にある大きなダイニングテーブルの上で、園長が静かに紅茶を注いでいる。澄んだ紅色の液体がティーカップを満たしていく。


 「お連れの方はお友達ですか?」

 ティーカップをそれぞれの目の前に並べながら園長が聞いた。

 「はい。アルバイト先が一緒の友人です」

 普段と違う丁寧な言葉で話すみくるに上条はずっと笑うのを我慢していたが、思わず失笑が漏れると素早く反応したみくるは隣に座る上条の足を踵で強く踏みつけた。


 「ぎゃんっ!!」

 大きな声に驚いた園長の背筋がピンと伸びた。

 「まあ、何でしょう?」

 「彼は猫舌だから紅茶が熱かったのでしょう」みくるは澄ました顔で紅茶を口にする。


 「それは大変、少し冷ましてからお飲みになったほうがよろしいですよ」

 園長はそう言って上品に笑うと「ところで……」と切り出した。

 「今日は何か用があって来たのですか?」


 「あー、それなんですが……」

 本題を思いだしたみくるが写真を取り出そうと、パールピンクのハンドバックを自分の膝の上に置いた。

 「ここに琴音ちゃんっていう女の子がいると思うんですけど……」

 「竹村琴音さんでしょうか?」


 園長がそう言った丁度その時、突然園長室のスライドドアがガラガラという音と共に開かれた。目をやるとアメフト選手のような体格の女が立っている。いや厚化粧の上からでもはっきりわかるほどの青々とした髭が口の周りに広がっている。つまりそこに立っているのは、大柄なオカマだ。


 「聞き覚えのある声が聞こえてくると思ったら、やっぱりあんただったのね、みくる!」

 「き、キム子っ!!」

 立ち上がったみくるの大きな声が、園長室に響き渡った。

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