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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter7 彷徨いの少女
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†chapter7 彷徨いの少女05

 結局、三つのドーナツを食べた雫は「ごちそうさまでした」と言って空のマグカップをテーブルに置いた。しかしまだテーブルの上にはドーナツが20個近く残っている。


 「だいぶ残ったな。もう一個食べるか?」

 上条がもう一つ勧めると、オールドファッションをすでに食べ終えていた女の子はニコッと笑みを浮かべた。

 「いただきますっ」

 雫の隣に擦り寄った女の子はドーナツの山の上から、カラフルなチョコレートスプレーがまぶされたイーストドーナツを手に取った。


 「ところで嬢ちゃん、名前は何て言うん?」

 「竹村琴音ことね!」

 「琴音ちゃんか、両親はどこいったん?」

 その言葉を聞くと、琴音の表情が一気に曇った。幼い子供が一人でドーナツ屋に来ているのは明らかに不自然だったが、やはり何か理由があるようだ。


 「あたしママを捜してるのっ」

 「母親を捜す!? 父親はどないしてん?」

 琴音はドーナツをトレーの上に置くと、急に涙を滲ませた。

 「パパは昔、交通事故で死んじゃったから今までママと二人で暮らしてたんだけど、そしたら今度はママがどっかにいなくなっちゃったの」

 「そうなんや……。失踪かいな?」


 一瞬、重苦しい空気に包まれたが、上条は持ち前の明るさを活かして笑顔で琴音に話しかけた。

 「琴音ちゃん、今はどこに住んでるん?」

 鼻をすすった琴音は、呼吸を整え嗚咽を抑えた。

 「神南にある『かすみ園』……」


 かすみ園という言葉を聞いて、みくるの左の眉がピクリと動いた。それはみくるが子供の頃暮らしていた児童養護施設の名前だった。

 「かすみ園って確かみくるちゃんがおった施設やんな?」

 みくるは膨れっ面で短く言葉を返した。「そうよ」


 「あっ、そうや。琴音ちゃん、母親の写真とか持っとるか?」

 「写真? あるよ」

 琴音はポケットの中から一枚の写真を取りだしテーブルの上に置いた。随分と古い写真のようだ。色褪せた印画紙には幼稚園児のような服装の琴音と、スーツを着た母親らしき若い女性が写っている。幼稚園の入園式の時のものだろうか?


 「なあ、千里眼でこの母親がどこにおるか調べてみようや」

 上条にそう言われたが、その千里眼の能力を持つみくるは返事をしなかった。あまり乗り気ではないらしい。

 「ママ、見つかるの?」

 琴音に嬉しそうにそう聞かれると、空気の読めない上条はみくるの気持ちなどつゆ知らず得意気に説明を始めた。

 「このお姉ちゃんはな、この渋谷にある全てのものを見通す力を持ってんねん。写真があれば母親が見つかるかもしれへんで!」

 「ホントにっ!?」 


 「ちょっと、ちょっと待ってっ!」

 しかし、みくるの複雑な心情は変わりはない。

 「どないしたん?」

 上条が眉間に皺を寄せると、みくるは一気にまくしたてた。

 「確かにあたしの力を使えば、琴音ちゃんのママを捜しだすことが出来るかもしれない。けどそれが本当に幸せなことなの? 失踪した理由がわからない限り、琴音ちゃんのママを見つけることが正しいことなのかどうかはわからないわ!」


 「なんでやねん。母親が見つかったら幸せやろ」

 上条の意見など聞く耳を持たないみくるは、琴音に問いかけた。

 「琴音ちゃん。もしかしたらあなたはママに捨てられたんじゃないの?」

 「えっ……?」突然のことばに琴音の表情が固まった。


 「あなたのママは『異形』で生まれたあなたを捨てたのよ。悲しいかもしれないけど、もうママに会いたいなんて思わない方が良いわ。それがあなたのためでもあるのよ!」

 琴音は目に大粒の涙が浮かんだ。

 「いやだ、ママに会いたい! ママに会いたいよぉ!!」

 狭い店内に琴音の鳴き声が響いた。


 「みくるちゃん! それは言い過ぎやでっ!」

 上条に諭され、みくるは下唇を噛みしめた。

 「だって本当のことでしょ!」

 みくるはそう言って立ち上がると、ビルの廊下に通じる裏口に向かって歩いていってしまった。


 残された上条たちの座るテーブル席に、やるせない空気が漂った。

 「堪忍やで琴音ちゃん。みくるちゃんもオッドアイのせいで今まで辛い目におうてきたから……」

 暫しの沈黙が流れ、店内には静かに流れる有線のBGMと琴音のすすり泣く声だけが聞こえていた。


 にわかに琴音が泣きやむと、黙っていた雫が急に椅子から立ち上がった。

 「私、佐藤さんの様子を見てくる」


 「えっ?」

 雫が他人を慰める姿を想像出来なかった拓人はそれを止めようとしたが、上条が更にそれを制した。

 「こういう時は女の子同士の方がわかりあえるやろ」

 果たしてそうなのだろうか? 拓人が少し不服そう表情を浮かべると、雫は裏口に向かって静かに歩いて行った。

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