†chapter7 彷徨いの少女02
「あなた、雫と付きあってるの?」
みくるにそう聞かれた拓人は、何を馬鹿なといった表情で僅かにうろたえた。
「付きあってねぇよ。雫が勝手に俺の後についてくんだよ」
「何やねん、その中学生カップルが下校時に同級生に見つかった時みたいな言い訳」
上条が茶化すと、拓人の顔は耳まで真っ赤になった。
「ほっとけよ。だから圭介君には会いたくなかったんだよ……」
拓人は雫との関係を囃したてられるのを見越して、圭介との連絡を絶っていたのかもしれない。
「けど、拓人の言い分が正しいんやったら、雫ちゃんが拓人に惚れたってことなん?」
上条が言うと、雫の性格を知るみくるが疑問を呈した。
「雫が誰かを好きになるなんて想像できないけど……」
流石にうるさくなってきたのか、雫は栞を挟むと文庫本をそっと閉じた。
「山田君とは波長の相性が良いから、一緒にいると凄く落ち着くの」
雫が言っているのはただ単にフィーリングが合うということではなく、亜種の発する波動による互いの相性のことを言っているのだ。
「あー、そういうの聞いたことあるわ。俺は感じたことないけど、亜種同士は波長によって惹かれあったり反発しあったりするんやってな。二人は相性がええんか?」
上条の言葉に雫は黙って頷いたが、拓人は首を傾げた。
「いや、俺も波長なんて感じたことねえよ」
「まあ、皆が皆、感じるものではないみたいやしな。ちなみに雫ちゃんと俺は波長の相性どんな感じなん?」
雫はすぐに返答した。
「身の毛がよだつ感じ」「相性最悪やんっ!!」
本気で落ち込んだ上条は、一歩下がってため息をついた。非哀の漂い方がハンパない。
「ウチらこれからお茶飲みに行くんだけど、良かったらあなたたちも一緒に来る?」
みくるがそう呼びかけたが、雫は拓人が連れて行かれるのが嫌なのか彼の左腕をぎゅっと掴んだ。彼女の中に一緒に行くという選択肢は含まれていないようだ。
「あ、いや、俺らは金がないからいいよ」
実際に拓人の所持金は523円しか持っていなかった。そして雫がそれ以上に貧乏なのも承知していた。
「そんなに高い店に行くわけじゃないから、圭介が全員分出してくれると思うけど」
「奢ってくれんのか? それなら行っとく?」
拓人は聞いたのだが、雫は警戒するように彼の左腕を更に強く握った。
「まあ、奢るって言ってもドーナツだけどね」
みくるは軽い気持ちで言った言葉だったが、雫はドーナツという単語に異常な反応を示した。
「ドーナツ食べに行くのっ!?」
雫はそう言うと同時に勢いよく拓人の左腕を引いた。女性とは思えない力で袖を引かれた拓人は、バランスがとれずに背中からアスファルトに倒れた。だが雫はそのことにも気付かずに、キラキラと目を輝かせながらみくるの顔を見つめている。
みくるが図らずも妙なスイッチを入れてしまったことに困惑していると、後ろにいた上条がここは俺の出番だとばかりに歩み出た。
「雫ちゃん、ドーナツ好きなんか?」
しかしその質問に対し、雫は首を横に振った。
「いや絶対嘘やろ。めっちゃドーナツ好きそうなリアクションやったで」
上条に指摘されると、雫はまごつきながら目を潤ませた。
「ドーナツ食べたことないから……」
風前の灯火の如く消え入りそうなか細い声が、渋谷の繁華街に溶け込んだ。そして時が止まった。勿論比喩だ。人外の能力の話ではない。
「エ――――――ッッ!!!」
雫の周りで三人の男女が大声を上げた。
「ド、ドーナツ食べたことないやと……」上条はうろたえた。
「ありえないでしょ!?」みくるは懐疑心を抱いた。
「いや、雫ならありえるかもしれない」ここの所行動を共にしてきた拓人は、何かを察した。
「そんなに変なことかな……?」雫は困り顔で言った。
ドーナツと食べたことがない女子高生なんて、愛の言葉が囁けないイタリア人くらい希少種やで。上条はそう言ってやりたかったがそこはぐっと堪えた。
「変やないけど、ほんまなん?」
雫が小さく頷くと、その拍子に腹の虫がグーと鳴った。
白い頬を赤く染め「ああっ」と狼狽する雫を見て、これはガチなのだと上条は悟った。
「ほんなら折角やし、皆でドーナツ食べに行こか。この上条圭介が奢ったるで!」
雫は再び目を輝かせると、高速で何度も何度も頷いて見せた。
「な、何個まで食べていいの?」
「あほか。好きなだけ食うたらええ」
上条はそう言って高笑いを上げると、公園通りを区役所方面に向けて歩き出した。
「さあ、スターダストの本拠地、ドーナツプラネットにいざ参るっ!」