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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter6 人間の瞳
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†chapter6 人間の瞳16

 「本当に魔窟大楼に来ているとは呆れた人たちだ」

 身体に不釣り合いな大きな傘を差したワタヌキは、面倒くさそうにため息をついた。彼の目の前には上条を背負った拓人の姿があった。


 「何だ、わたぬーか」

 魔窟大楼から出てきた拓人は心底疲れたように言うと、そっと上条を背中から下ろした。腹の傷が痛むのか脂汗を滲ませているが、応急処置もしてあるので命に別状はないようだ。

 「二人とも血だらけですねぇ。救急車でも呼びましょうか?」

 「いえ。救急車ならもう手配済みですので大丈夫です」

 後から出てきた巡査がそう言うと、ワタヌキは少し驚いた様子で目を見開いた。


 「これはこれは、ていくんも一緒とは。知り合いなんですか?」

 「まさか……」

 巡査は苦笑いを浮かべながら、ワタヌキにここで起こった事の概要を説明した。


 「ほうほうほう、南條殺しの犯人は裏ブローカーのらいだったが、自供した直後に何者かに狙撃されたっていうのか? まあ、魔窟大楼の中じゃ逮捕も出来なかっただろうし気にしなくていいよ。でもこれでクラウディ事件は一先ず解決かな?」

 ワタヌキが傲然ごうぜんとした態度で言うと、巡査は申し訳なさそうに頭を下げた。

 「いえ、賴はクラウディではありません。ウォが思うに賴を狙撃した人物こそクラウディだと考えています」

 それを聞いたワタヌキは意外そうでもなく、ただ表情も変えずに「ふーん」と言った。


 「残留思念を調べたいのですが、賴の所有物はありますか?」

 そう聞かれた巡査は、ビニール袋に入った医療用のメスをワタヌキに渡した。

 ワタヌキはビニール袋からメスを取り出すと、持ち手の部分を指で触れた。

 「なるほど、ほうほう、むむむ、あー、はいはい」


 通常刑事なら白い手袋をして証拠品に触りそうなものだが、ワタヌキは遠慮なしに素手でメスに触れている。

 「そんなにべたべた触っていいのか? わたぬーの指紋だらけになるぞ」

 「僕は物体に残る残留思念を読み取ることが出来る『サイコメトリー』の能力を持っているので素手で触ることを特別に許可されているのです」


 「サイコメトリー? 残留思念? なんじゃそりゃ!?」

 「物体にはその持ち主の思いが刷り込まれているのですが、僕の能力は直接触れることでそのエネルギーを感じ取り、そして脳内で視覚化することが出来るのです」

 拓人は笑顔を浮かべた。「ごめん。全然わかんないや」

 「君に話した僕が馬鹿だった」

 ワタヌキはメスをビニール袋に戻した。

 「しかし、わかりましたよ。やはり賴はクラウディに罪を着せるために模倣しただけのようですね」


 巡査は静かに頷いた。

 「クラウディ事件は、また一から調べましょう」

 「けど、少しは捜査に進展があったみたいだな」

 拓人がそう言うと、ワタヌキは幼さの残るその顔を曇らせた。

 「いや、南條殺しの事件がクラウディ事件の模倣だというのは貞清さんの推理通りですからねぇ。クラウディ事件としては特に進展はしてないです」


 (さだきよ……?)

 誰だそれはと思った拓人だったが、巡査もまた同じ名前に反応を示した。

 「貞清さんもクラウディ事件の担当になったんですか?」

 「はい。何か気になることがあるようで、自ら志願してましたよ」


 「そうですか」

 巡査は雨に濡れた髪を掻き上げ遠くを見つめた。南の方角から救急車のサイレンが聞こえてくる。

 「やっときたか……」

 安心したせいか、拓人は目を瞑ると自然と膝が崩れた。心地よい睡魔が脳を支配する。

 (もう、寝ても平気だよな?)

 救急車のサイレンの音が徐々に大きくなってくる。だが朦朧とする拓人の耳にはそのサイレンが遠ざかっていくように聞こえていた。


 そしてその二週間後、拓人と上条の二人は道玄坂ヘヴンの二階の部屋にいた。


 頭が痛い。

 メビウスによる脳の違和感と、床に擦り着けたおでこのおかげで頭が凄く痛い。

 琉王るおうは最上級の笑顔を投げかけると「頭を上げてください」と告げた。


 「まあまあ、大変だったようですね」

 琉王にそう言われ、上条は土下座しながら密かに腹を押さえた。あの時のことを思い出すだけで、ミミックに裂かれた腹の傷が疼くのだ。

 「あと少しで取り返せそうだったんだけど、最後にミミックの野郎が人間の瞳をベランダから投げ捨てやがって……」

 低い位置から言う拓人の言葉を聞き、琉王は深く頷いた。

 「私もそのやり取りは百聞の能力を使って聞いていましたので、すぐにうちの従業員総出であの近辺を捜索したんですが、結局人間の瞳を見つけることは出来ませんでした。まあ、今回は縁がなかったということで諦めましょう」


 「そんな簡単に諦めて良いのか? めちゃくちゃ高価な宝石なんだろ?」

 拓人と上条の二人は人間の瞳の価値がどれくらいのものなのかわからなかったが、佐藤みくるにその写真を見せた時、彼女は有名な石で世界最大のルビーだと言っていた。高いだけでなく世界的にも貴重な石だということが想像できる。

 「あなた方は、あの石に二つの逸話があることを知っていますか?」

 「逸話?」二人は顔を見合わせた。


 「一つは、あの石は持ち主を選ぶということ。例え他の人の手に渡ったとしても、石自身がその人物を主と認めなければまた元の持ち主の所に戻ってくるということ」

 「元の持ち主に戻るんか? その逸話はええなぁ。俺は信じるで」上条は都合の良い話を勝手に支持した。


 「そしてもう一つは宝石に魅入られてしまった主は命を奪われてしまうということ。……もしかしたらその死んでしまったそのブローカーは短い期間でしたが石に魅入られてしまったのかもしれませんね」


 「その逸話はよくないなぁ。琉王さんはそんなもん持ってて怖くないんか?」

 「私ですか? 私は大丈夫です。手に入れてから失うまでただの一度も人間の瞳を肉眼で見たことはないですから」

 「えっ!? ただの一度も?」

 琉王は目の前のローテーブルの上に置かれたティーカップを手に取り、口につけると静かに頷いた。

 「そういえば人間の瞳を仕舞う際、写真を撮っておこうと一度だけ箱を開けたことがあるんですが、その作業をしてくれたのが殺された南條君だったかもしれませんね」


 拓人と上条は唖然として顔を見合わせた。

 「嘘やん。俺、少しだけやけど箱開けて見てもうたんやけど」

 上条がそう言うと、横にいた拓人も右手を上げた。「俺も……」


 琉王は「それはそれは」と気の毒そうに相槌を打った。

 「まあ、迷信ですから」


  ―――†chapter7に続く。

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