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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter6 人間の瞳
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†chapter6 人間の瞳15

 「お前たちもすぐに撃ち殺してやるから安心しろ」

 姿を消したミミックがどこからともなくそう呟くと、爆音と共にベランダの向こうが激しく光った。近くに雷が落ちたようだ。


 その一瞬の光の中、拓人の目にあるものが映った。

 (そうか……。擬態ぎたいの弱点がわかったかもしれない)

 拓人は床に横になっている上条のヒップバックから懐中電灯を取りだした。

 「圭介君、ちょっとこれ借りるぞ!」


 振り向きざま懐中電灯のスイッチを入れた。

 「……何のつもりだ」

 拓人は何もない所に光を当てている。

 「お前は空気にも擬態して透明に見えるかもしれないが、実際に透明化したわけじゃない。触れることも出来るし光を当てれば影だって出来る。それがお前の弱点だっ!」


 「なるほど。だが、手电筒ショウディエントン(懐中電灯)を持って戦う気か?」

 目の前の影が近づいてくる。拓人は慌てて戦闘態勢をとろうとしたが、それより早く横から巡査が飛び蹴りを放ち鈍い音と一緒にその影も吹き飛んだ。

 ミミックの影は古びた箪笥たんすにぶつかると、またその亡者のような姿を晒した。苦しそうに脇腹を押さえている。肋骨が折れているかもしれない。


 「銃で撃たれたのに大丈夫なのか巡査!?」

 巡査の左肩には生々しい銃痕が見えたが、そこから血は流れていなかった。

 「ウォは『異常代謝』の能力を持っている。この程度、怪我の内には入らない」

 「い、異常代謝!?」

 拓人の見ている側から銃痕の傷が回復していく。しかも細胞が異物を排除するように、傷口から銃弾が出てくると体外に排出され傷もその場で完治してしまった。


 「S&Wスミスアンドウェッソン M36か……」

 巡査は倒れたミミックから銃を奪うと、上から睨みつけた。

 「ヘヴンの従業員、南條浩史を殺したのはお前だならい。被害者の頭部から検出された銃弾が.38スペシャル弾だった。お前のリボルバーの弾薬とも一致する。お前がクラウディの正体なのか?」

 追い詰められて観念したのか、ミミックはいやらしい顔でにやけた。


 「確かに南條浩史を殺したのはこの俺だ。スコーピオンとの取引条件の一つが奴を殺すことだったからな。だがクラウディは俺じゃねえ。残念だったな、名探偵」

 ミミックは南條を殺したのは認めたものの、猟奇殺人犯クラウディであることは否定した。

 しかし拓人は今の戦闘でわかった奴の弱点こそ、ミミックがクラウディである最大の理由だと気付いた。


 「往生際が悪いぞミミック! お前の擬態の能力は影が出てしまうという重大な欠点があるから、太陽の出ていない曇りや雨の日しか犯行に及ぶことが出来なかったんだろうが!」

 拓人にそう言われると、ミミックは暫しの放心の後、薄く笑みを浮かべた。

 「面白いことを言う。影が出るのが嫌なら夜に犯行を行えば良いだけだ。曇りの日ならともかく雨の日に行動しても俺にメリットはない」


 「この期に及んでしら切る気かっ!」

 拓人は怒鳴るよう言ったが、すぐに巡査がそれを制した。

 「いや、らいの言っていることは本当だ。その推理には矛盾がある。らいは雨や雪のような流動するものに擬態するのは難しいんだ」

 巡査にも否定され焦った拓人は、何も考えず反論した。

 「けど、南條浩史を殺したのも雨の日だったじゃないか」


 巡査は面倒くさそうに嘆息を吐いた。

 「少ない脳みそで良く考えてみろ。南條殺しの場合はすでに拘束された状態だったんだから、わざわざ殺すのに姿を消す必要などない。曇りか雨の日に犯行に及び目を損傷させることにより、その罪をクラウディになすりつけようとしたんだろう。そもそも、南條殺しの事件はそれまでのクラウディ事件と比べて使用された銃弾の種類、被害者の国籍など相違点が多すぎる」

 ミミックは「哈哈哈ハハハ」と笑った。

 「そういうことだ。だがお前らのおかげで俺の业务ビジネスは台無しだ。この報復はどうしてくれようか……」


 一瞬の油断だった。ミミックは最後の気力を振り絞り数秒ほど空気に擬態すると、拓人から人間の瞳が入れられた黒い箱を奪い取った。

 「あっ!?」


 バンッという大きな音と共にベランダの扉が勝手に開いた。呼吸を荒げたミミックが、扉の前で徐々にその姿を現す。

 「貴様らに渡すくらいならこうしてくれるっ!!」

 「他媽的ターマーディ!!」(しまった!!)

 巡査が叫んだがもう遅かった。大きく振りかぶると、ミミックはその黒い箱を思い切り外に向かって投げ飛ばした。

 「哈哈哈哈哈ハハハハハ! どうだ? 思い知ったか!」


 あっけにとられ何もできずにいると、ベランダの扉の前にいたミミックの体が大きく揺らいだ。静かに息を漏らすと、何故かミミックは力尽きたのかのようにその場にひざまずき顔から床に崩れてしまった。

 「一体どうした!?」

 急いでベランダに近づいた拓人の胸が早鐘のように高鳴った。

 前屈みに倒れたミミックは、頭部からドス黒い血を流しぴくりとも動かない。死んでしまっているようだ。


 先程まで脇腹は痛そうに押さえていたが頭部に怪我はなかったはず。混乱した拓人は巡査の方に目を向けた。

 「ライフルで狙撃されたようだな」

 「えっ!?」

 思いがけない巡査の言葉に、拓人は慌てて身を伏せた。

 「だが大丈夫だ。向こうのビルの屋上に潜んでいた狙撃手はもういなくなった」巡査は、このベランダから500メートル程度離れたビルを見ながら言った。

 「姿を見たのか?」

 拓人の質問に、巡査はゆっくり頷いた。


 「あんなに遠くては男か女かすらわからなかったがな。だが犯人が誰なのかは大体わかる」

 そう言うと巡査はミミックの死体をひっくり返した。左目が被弾し眼球は潰れてしまっていた。

 拓人は思わず目を塞いだ。

 「これは偶然か……?」

 「狙ったんだよ。奴は偽物の存在が許せなかったんだろう」

 巡査はベランダから空を見上げた。渋谷の街に大粒の雨が降り注いでいる。


 「クラウディの仕業だ」

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