†chapter6 人間の瞳14
拓人は慎重に辺りを見回した。ミミックの持つ人外の能力は擬態、しっかりと目を凝らせば肉眼でも見極められるはず。
必ずこの部屋のどこかにいるんだ。集中しろ。
右に向いた目をゆっくり左に動かす。気配はするのだが、いくら探してもミミックの姿を確認することは出来ない。いや、僅かにだが揺れる空気の淀みのようなものが目に映った。
「そこかっ!!」
だが紙一重で気付くのが遅かった。半歩前に踏み込んだタイミングで左腕から胸にかけて、刃物のようなもので切り裂かれた。
鮮血が飛ぶと、拓人は顔をしかめて膝をついた。
返り血が透明化したミミックに付着し空中に赤い染みが出来たが、それもすぐに擬態化し空中から消え去った。
「賊か。人間の瞳を奪いにきたのか?」
姿こそ見えないが、ミミックと思われる人物の声がどこかから聞こえてくる。
「お前が裏ブローカーのミミックか?」
胸の辺りがビリビリと痺れる。だが致命傷には至ってない。
「俺の擬態の能力のことを知っているようだな。だがこれを見破ることは出来まい。何故なら俺は空気にさえ擬態することが出来るんだからな」
その言葉通り、ミミックは空気と同化してしまっていてどこにいるのか全くわからない。
擬態の能力を甘く見ていたようだ。隠れることは出来ても、動く時見つけることができるだろうと高をくくっていたのだが、空気にまで擬態出来るのでは見つけようがない。何か策を見つけなくては奴には勝てないだろう。
拓人は痛む胸を押さえ、ジリジリと後ろに下がった。見えない重圧が近づいてくる感じがする。
「目に見えぬ恐怖に怯えながら死ぬがいい」
ミミックがそう言うと、部屋の中に乾いた銃声が鳴り響いた。その瞬間、思わず目を瞑り死を覚悟した。
だが意識がある。痛みも胸の切創以外は特にない。
おかしいと思いそっと目を開けると、目の前の何もない空間から血がぽたぽたと垂れていた。
「えっ!?」
拓人は驚くと共に、左から人の気配を感じたのでそちらに目を移した。そこには両手で拳銃を構える巡査の姿があった。撃たれていたのはどうやらミミックのほうだった。
足から血を流すミミックは痛みの為か擬態が保てなくなり、撃たれた右半身を露わにしている。
「鄭、日本人の犬が……」
姿半分を晒してしまったその男は、亡者のように痩せ細りべっとりとした髪が頭皮にへばりつくような形で横分けにしている。その病的なまでに開き切った目で睨まれると、思わず体が委縮してしまう。
ミミックは細い足を揺らし巡査に向かって駆けだすと、医療用のメスを持った右手を大きく跳ね上げた。
上体を反らしそれをかわした巡査は、相手の首を掴み擬態化して目に映らない左の腹部に右膝を叩きこんだ。
堪らず胃液を吐き出したミミックだったが、すぐに意識を戻すと後ろに下がり口の周りを腕で拭った。
「貴様、人を銃撃するのは政策に反するんじゃなかったのか……?」
「威嚇で撃ったつもりだったが、足に掠ったようだな。姿が見えなかったんだから、悪く思うな」
巡査はそう言うと、愛銃ブローニング・ハイパワーをホルスターに戻し前に駆け出した。
巡査とミミックが激しくぶつかる。体幹の細いミミックは吹き飛ばされそうになるが、それに耐えると至近距離からメスを振り回した。腕を数か所切られた巡査は一度退き体勢を整えた。
「もう、銃は使わねぇんだな?」ミミックは激しく息を切らしている。
「姿の見えるお前など素手で十分だ」
「それを聞いて安心したぜ」
ミミックは持っていたメスを地面に落とした。一瞬、降参でもするのかと思ったがそうではなかった。右手を素早く懐に伸ばすと、リボルバーを取り出し巡査に向かって一気に引き金を引いた。
炸裂音と共に巡査の左肩から赤い血が弾けた。
「巡査ぁっ!!」
拓人が叫び声を上げると、ミミックは笑い声を上げ再び姿を擬態化させた。
「反逆者には死の制裁をくれてやる」