†chapter6 人間の瞳13
リビングにいた拓人は上条に誘われ奥の部屋へと足を踏み入れた。そこには木製の天蓋付きベッドが置かれている。どうやら寝室のようだ。
「じゃーん! これ見てみぃ!」
上条はベッドの横のウォークインクローゼットの中を指差している。見れば1メートル四方の大きなダイヤル式金庫があるではないか。
「この中に人間の瞳があるのか?」拓人は息を呑んだ。
「可能性大やろ!」
「そうかもしれないけど、一体どうやって開ける?」
そう言われると、上条は今日一のドヤ顔を決め親指を立てた。
「こっからが暴露の能力の真骨頂や!」
上条は暗いクローゼットの中にしゃがみ込むと、腰に付けたヒップバックから懐中電灯を取りだしダイヤルに光を当てた。意識を集中すると脳裏にダイヤルの数字が浮かび上がる。
「右4、32。左3、66。右2、17。左1、49……」
ダイヤルと掴む手に確かな手ごたえを感じた。
「圭介君、金庫の番号まで暴けるのか?」
「俺に暴けんものなど、この世にないんやで」
それだけ言うと上条はヒップバックから針金と金属のヘラを取りだした。後は鍵を外すのみ。
針金を鍵穴に差し込み手元を動かした。小さな穴の中で12個のシリンダーが細かく上下する。複雑な構造の為、容易にシリンダーの位置を固定することが出来ない。額に汗を滲ませながら、上条は慎重に指を動かした。
(まだか……)拓人は押し黙り、湿り気を帯びた手を強く握った。
部屋の中に沈黙が広がると、階下から怒声が聞こえてきた。巡査は無事だろうか?
ミミックがこの部屋に帰ってくる前に事を済ませなくてはいけないのは当然だが、いち早く人間の瞳を奪還し巡査を助けに行かなくてはならない。
拓人は食い入るような目で、金庫を開ける上条の後姿を見つめた。
その時、上条は針金を持つ指先に手ごたえを感じた。「きたっ」
素早く金属のへらを鍵穴に差し込み回転させると、解錠した時の心地よい音が寝室に響いた。
「マジかっ!?」
上条が開けてみろと勧めてくるので、拓人は取っ手に手を掛けた。
ガチャリと反応したレバーを手前に引くと、金庫の分厚い扉がゆっくりと開いた。本当に開けてしまったようだ。
「圭介君、立派な銀行強盗になれるぞ」
「アホか。何で自ら犯罪者に身を落とさなあかんねん」
文句を言いつつ中を覗き込んだ上条がピクリと反応した。中には金の装飾を施された小さな黒い箱が一つだけポツンと置かれている。
上条は壊れ物を触るように丁寧に箱を手にした。
「開けるで」
拓人が頷くのを見て上条は上蓋を開いた。
黒い箱の隙間から深紅の光が洩れる。蓋を開けると濃厚な赤が内側から溢れだす、それはそれは美しい球状のルビーが現れた。
拓人は思わず声を上げるのも忘れてしまった。吸いこまれてしまいそうになるほどの妖艶な光を放つその巨大なルビーは、上条の持つ懐中電灯の光を内部の結晶が乱反射し星の様にキラキラと輝いていた。
暫し石を見つめ、そして拓人は感嘆の息を吐きだした。
「これが人間の瞳か……」
「この大きさにこの形、写真で見たやつで間違いないやろ」
上条は箱の上蓋を閉めポケットの中にしまった。
「良し、巡査のことが心配や。下に急ぐで」
立ち上がりすぐにその部屋を出ると、リビングに入ったところで前を歩く上条が驚いたように後ろに跳ねた。
「うわっ! 何だよ急に!?」
足を踏まれた拓人が言うと、上条は青白い顔で振り返り黒い小箱を拓人に手渡した。
「拓人、逃げろ……」
その場に崩れそうになる上条を後ろから抱きかかえた。見ると上条の腹部に赤い染みが出来ていた。
「まさかミミックが戻ってきたのか!?」
その言葉と共に見えない斬撃が再び上条の服を裂いた。赤い血が宙を舞う。
「くそっ! 擬態の能力か!?」
拓人は息を荒げる上条を静かに床に寝かし、そこから立ち上がった。
「圭介君、ちょっと待ってろ。すぐにけりをつける!」