†chapter21 12月のホーリーウォー23
宇田川町の路地にあるカフェバー『スモーキー』を出た拓人と上条。
時刻は現在、夜の7時を少し過ぎたところ。普段なら夜でも明るく賑やかな路地だが、今は最低限の街灯を残してどの店の明かりも消えてしまっている。どれもこれも戦争の影響だ。
しかしそれでもスクランブル交差点の一帯だけは、今も煌々とライトに照らされていた。そもそもこの周辺はB-SIDEが勝手にライティングや音楽を流したりしているところなので、今も変わらずにその明るさを保っているのだ。
大半の商店がシャッターを閉めているにも関わらず、虚栄の活気だけがけばけばしく街を彩っている。もしも初めて目にする人がいるならば、それは異様な光景に映るだろう。
そんな駅に向けて歩を進めていく2人。ほとんどの店は閉まっていると言ったが、渋谷の駅だけは無人ながらも辛うじて営業を続けていた。この街は行政からも見離されたというのに、ありがたいことだ。
「ところで良いのか、スコーピオンと同盟組むって話。あいつらとは思想が違うんだろ?」
「そうやな。けど、そうも言ってられん状況やし、スコーピオン自体も以前とはだいぶ変わったから、まあええやん」
質問にそう答えると、上条は足元に転がる赤い炭酸飲料の空き缶を蹴った。建物の縁に居たドブネズミが、一目散に側溝の隙間に逃げていく。
「総長が不破から梶ヶ谷に代わって、スコーピオンはそんなに変わってたのかぁ」
「いや、代替わりもそうやけど一番の要因は、ケツ持ちだった『天童会』が東京から失脚したことやろな。スコーピオンは天童会の傘下から解放されたおかげで、脱法ドラッグの売買に手を染める必要がなくなったみたいやし」
天童会は渋谷区松濤にあった暴力団で、以前は世界最大のマフィア『デーンシング』といざこざを起こすほど勢いがあったのだが、結局デーンシングの解体に伴い、天童会も勢力を失ってしまったようだ。
「そうか、天童会は渋谷から居なくなってたのか……」
「ストリートギャングの覇権争いが激化したんも、本職が居らんようになったからやろな」
人の居ないセンター街をのそのそと歩いていき、やがてスクランブル交差点に出た。ここは、青いサーチライトが八方から降り注ぐ渋谷の駅前。B-SIDEの連中がうろついていたなら、裏から回り込んで入らなくてはいけなかったところだが、ここから見る限り、ハチ公前広場には2つの人影しかない。幹部クラスでないのなら面倒なので、そのまま無視して駅に入ってしまおう。
無意味に点灯する赤信号の交差点を堂々と歩いていく。今は走っている車もないので当然だ。
拓人がその人影の正体を確認すべく目を凝らすと、彼らの手にはブルーのカラーバンドが付けられていなかった。B-SIDEのメンバーではないようだ。
向こうもこちらの存在に気付いたようで、2人揃ってゆっくりと近づいてくる。こうなると、もはや引き返すことは出来ない。交差点を半分まで渡ると、眩いサーチライトが2人の顔をはっきりと照らした。彼らは何とVOLTの乾と佐伯であった。2人とも元ボーテックスのメンバーだ。上条は先程、元ボーテックスメンバーとも同盟を組みたいと言っていたばかり。これは渡りに船。
「ここで待っていれば会えると思っていましたよ」
横断歩道の手前で足を止める佐伯。どうやら彼らも、こちらに用があるようだ。風向きはこっちに向いているということか。
「こんなB-SIDEの本陣で俺らのことを待ってたのか?」
そう聞いたところで拓人はあることに気付いた。ハチ公前広場に倒れる人間が複数見える。あれは何だ?
「そうですね。他に当てがなかったもので……」
佐伯はそう言うと、己の右手を掲げた。指先を中心に血で赤く染まっている。広場に倒れている奴らは、どうもこの2人の仕業で間違いなさそうだ。青く照らされる2人の無表情の顔が、ガチのシリアルキラーのようで身震いを覚える。
「スコーピオンに喧嘩売ってる最中に、B-SIDEにも喧嘩売るんか?」
「勿論ですよ、上条さん。今の渋谷はそういう状況です」
上条の言葉を諭すようにそう答えると、佐伯は1通の封書を手渡してきた。上条もそれを反射的に受け取る。
「何やこれ?」
「うちの會長からの手紙だよ。開けてみな」
乾がそう言うので、渋々封を開け中の便箋を取り出す上条。拓人も横から覗きこんだ。
12月22日午後7時 渋谷駅西口バスターミナル
便箋にはそれだけ書かれていた。今日は20日だから、明後日の日付だ。
「どういうことや」
「単純に考えろ。喧嘩の約束だ。八神會長自ら、お前らを潰すと言っている。今日はそれを伝えに来た」
乾は長い前髪の隙間から出た片方の目で、上条の顔を執拗に睨みつける。
「八神の奴、先手打ってきたんか。気の早い男やで」
「先手? 先に手を出してきたのは、そっちの『風斬り』の坊やだろ。うちのもう1人の副長、氏家時生を潰してくれたらしいじゃねぇか」
「いや、それは……」
言葉に詰まる拓人。だが確かに乾の言う通りだ。
「せやけど、元ボーテックスはVOLTから離脱するつもりなんやろ?」
今度は上条が仕掛ける。だがそれに対し乾も佐伯も反応を示さない。上条は更に言葉を続けた。
「それやったら俺らと同盟を組んで、一緒に八神をたおさ……」
だが、話している途中で、乾が手を出してきた。
互いに出した手が重なった瞬間、乾は腕を大きく振り上げた。すると上条の体が軽く宙に舞い、そして背中から地面に落とされた。乾は『ルナティック』という重力を操る能力を持っている。それを使った投げ技のようだ。
「痛っ!! ちょ、ちょっと待ってくれや!」
地面に倒れたまま上条は言ったが、乾は何かを払い落とすようにパンパンと手を叩き、黙ったまま背中を向けた。
「お二方、十分気をつけてください。VOLTは八神透のワンマンチームではないですからね」
佐伯がそれだけ言い残すと、2人は青いライトを避けるようにそこから去っていってしまった。




