†chapter21 12月のホーリーウォー18
獣のような咆哮と共に、鬼の姿へと変貌を遂げる氏家。黒き肌の鬼人。だが『スターイエロー』が覚醒した拓人にとっては相手に不足はない。
「八神の前にお前を血祭りに上げてやるよ『獄卒』っ!」
「身の程を知らないガキのようだな。テメーがうちの會長に勝てることは万が一にもない。当然俺にもだ……」
氏家の拳が数発、正面から浴びせられる。素早い攻撃だったが、拓人はそれを難なく避けることができた。最初にあった氏家に対する恐怖心は、今は微塵も感じない。
では次はこちらの番。正面に立つ氏家に向かい、拓人は風を起こし跳び出した。
奴の戦闘スタイルはボクシング。足元はどうしても隙が生じるだろうと読み、身を低くしてタックルを狙う。
しかし氏家は膝を立て、突っ込む拓人の右肩にニーキックのカウンターを喰らわせてきた。肩に激痛が走り、脳内に金属音のようなものが響く。
「悪いな。鬼化した俺は戦闘手段を選ばない」
前屈みになった拓人の背中目掛け、高く足を上げた氏家は踵落としを放った。痛みを堪えバックステップで退く拓人。その無慈悲な追撃は辛うじて避けることが出来た。
「ふんっ! 鬼にボクシングもクソも無いってことか」
拓人が鼻を鳴らすと、氏家は不敵に口元を緩める。
「クソは余計だが、まあ、そういうことだ。折角の機会、渋谷トップクラスの喧嘩を教えてやろう」
張り詰めた空気の中、拳と拳がぶつかり合う。巨体から振り下ろす氏家のパンチを、竜巻の如く立ち昇る拳で押さえつけた。今の俺の攻撃は『鬼人』の力にも劣らない。
一度身を退き、睨み合う2人。その時倒れていた雫が意識を戻し、拓人の側に歩み寄った。
「山田くん、私も手伝う」
「いや、大丈夫だ。俺の中に恐怖心はこれっぽっちもないし、こいつを倒せなければ渋谷の帝王、鳴瀬光国も倒せない。氏家は俺1人で倒す!」
強い言葉で己を鼓舞する拓人。氏家は大きく息をつくと、僅かに口角を上げた。
「確かに俺と鳴瀬の力は拮抗している。だがVOLTの會長、八神透の強さは更にその上をいくぞ」
言葉と同時に攻撃を仕掛ける氏家。金棒のような右腕をフルスイングする。高密度の風を吹かせその攻撃を減速させたのだが、拳は拓人の額を掠め赤い血が風に乗って散った。
「……悪いけど、八神の力の秘密ならもう知っている。人格によって使う能力が異なるんだろ?」
拓人が言うと、氏家は目を大きく開き拳を下ろした。
「強さの秘密を知って、それでもなおも喧嘩を売ってくるとは解せないな。単純におつむがからっぽなだけか?」
「馬鹿なのはお互い様だ。どうせお前らだって八神をぶっ倒そうとしてるんだろ?」
「人聞きの悪いことをいう奴だ。何で俺たちがそんなことをする道理がある?」
「お前らの仲間の水樹が言ってたよ。元瑠撞腑唖々も、元ボーテックスもいつ反乱を起こすとも限らないって」
拓人の言葉を聞くと、氏家はまずい珍味を口にした時のように眉間に皺を寄せた。図星を突いたということか。
「水樹め……、勝手なことベラベラ喋りやがって。さては、お前らに會長の強さの秘密を言ったのもあいつということか?」
「ああ、そうだ」
特に口止めされているわけではないので、素直に答える拓人。VOLTが内部崩壊しようとも、スターダスト的には何ら問題はない。
「乾の野郎はともかく、俺は反乱を起こす気などさらさらない!」
氏家の鉄拳が飛んでくる。避けるのは間に合わないと判断した拓人は、両腕を交差させその攻撃を防いだ。腕の骨がミシミシと軋む。
「お前に裏切る気が無くても、元ボーテックスの乾、元Trueの水樹はクーデターを起こしかねない。VOLTはいずれ沈む船なんじゃないのか?」
拓人は回転する風に乗り、回し蹴りをお見舞いする。氏家の巨体がぐらりと揺らいだ。
「こざかしいっ!! 『呵責の黒拳』!」
大きな体に見合わぬ素早い動きで、氏家は拳の連打を拓人に浴びせてきた。最初の数発は腕で弾き防ぐことが出来たが、その攻撃は速く一度腹部にパンチを貰うと次々に打たれ、最後は顔面にストレートパンチを喰らいそうになったが、それは辛うじてかわし上手く後方に避けた。
「やっぱり強いな獄卒!」
体を後転させ体勢を整えると、目の前にいる氏家を見据えた。スターイエローが覚醒した状態とはいえ、やはり油断はできない。本気の攻撃で葬ってやる。
「行くぞっ、『鎌鼬』っ!!」
拓人が両腕をスイングさせると冷えた冬の空気が鋭利な風と成り、氏家の着る厚手のランチコートをザクッと音を立てて切り裂いた。
一瞬だけ苛立った表情を見せたが、氏家はすぐに集中したように視線を定めこちらを威嚇してくる。
「ふん。大した技だ」
仁王立ちで構える氏家の顔を見上げ、拓人は負けじと睨み返した。
「服破かれてんのに、キレないのか?」
「そんなことで理性を飛ばしてる奴ぁ三流よ」
そう言ってランチコートを脱ぎ捨てる氏家。はち切れそうなTシャツと、隆々とした漆黒の腕が露わになる。
「俺はVOLTとして、渋谷のてっぺんを目指す。邪魔な奴らは全員排除していくぞ。B-SIDEも、スターダストも……」




