†chapter21 12月のホーリーウォー08
灰色の空を覆う無数のイナゴと共に、1人の男がその場に姿を現した。少年のような小柄な男。それは上条の言う通り『油坊主』のメンバーではなく、我々『スターダスト』の準メンバー、楠裕太であった。
「お前かよっ!!」
大きくつっこみを入れる拓人。現在上空を飛び交っているイナゴの大群は、裕太の『幻術』によって出現したただの幻だったようだ。久々に騙された。
「ビンゴッ!! 早速出てきやがったな、魔術師っ!!」
目の色を変えたMC.BOOが甲高い声を上げた。怒りと喜びが入り混じったような声。やばい。BOOは裕太のことを狙っているという話だったな。
「うわっ! デブ&ブースのおっさんじゃん!」
反応する裕太。キャップ男の話によると、裕太はBOOのことを病院送りにしたと言っていた。さすがに認知はしているようだ。
「口の減らねぇガキんちょ、毒舌辛口カラムーチョ!」
そう言って何やら不思議な攻撃態勢をとるBOO。何をするつもりだ?
「何だよ。おっさん、喧嘩はしない主義だって言ってただろ!」
「魔術師、お前は特例だ。地獄を見せてやるぜ。チャージ20%……、30%……」
左手首を右手で押さえ、前に構えるBOO。それに合わせて、周囲の若者たちがざわつきだす。やばそうな技が繰り出されそうな予感。
「何するのか知らないけど、あんたの100%を待ってる筋合いはないんだ。先に攻撃させて貰う。喰らえ、黒炎!!」
裕太の指先から放たれた黒き炎が、地面を伝いBOOの足元まで走っていく。
「ふんぬっ! あつっ! あつっ! うわっ、虫きもっ!」
必死に炎を避けつつ、時々近寄ってくるイナゴに激しくびびるBOO。あんな図体のくせに虫が得意じゃないようだ。信じられないかもしれないけど、それ幻術ですよ。
「BOOさん、骨くっついたばっかりなんすから、無茶しないほうがいいっすよ!」
キャップ男が声を上げ、それを聞いた裕太がせせら笑う。
「ん? もしかしておっさん、前回の戦いで転んだ時に骨折ってたのか? ださっ!」
「太ってるから簡単に骨折するんだよってか? カッチーン! ガキんちょ、お前は俺を怒らせた。50%……」
「いや、言ってねーし、知らねーし、待たねーって言ってるだろ! 何の技かしらねーけど、100%達する前にここにいる連中全員黒焦げにしてやるよ。死ね、業火っ!!」
裕太を中心に八方向に黒炎の筋が伸びる。驚嘆の声を上げる集まった若者たち。その炎は燃え移るものもない地面の上でも、めらめらと炎上を続ける。
「この炎は消えないから気をつけて。一度ついたら炭になるまで燃やし続けるよ」
すっかり辺りの空気を支配する裕太。しかしそんな中、散歩でもするような無防備な格好で近づく1人の男がいた。VOLTの親衛隊長、水樹尚之だ。
「ここにいる全ての人間を黒焦げにするとは、豪気な少年だ」
水樹の接近に気付いていなかった裕太は、訝しげに振り返る。
「僕は本気だって。信じられないなら、まずはあんたから丸焦げにしてあげるよ!」
ほとばしる黒炎。だがその炎は水樹が触れると、その全てが跡形も無く消え去ってしまった。
「あれ?」
目を丸くする裕太。この光景は前にも見たことがある。『暴露』の能力で、上条が裕太の幻術を暴いてみせた時と同じパターン。
「あなたはこの辺りでは『魔術師』と呼ばれているらしいですね。ですが私に言わせれば、あなたはただのペテン師だ」
水樹はコートについているイナゴを素手で捕まえ、そして手を開けて見せた。その中には虫の死骸はおろか、触角1本残ってはいなかった。
「皆さん、良くお聞きなさい! この少年の能力は単なる幻なので、何も恐れることはありません。彼は魔法使いじゃない、ただの幻術使いなのです!」
大々的にばらされてしまう『幻術』の能力。裕太の顔が一気に青褪めていく。
「幻術……だと?」
VOLTの室井が恐る恐る黒炎に触れる。すると炎は泡のようにパッとどこかに消え去ってしまった。疑念を持った人間に触れられると消失してしまう。それが裕太の持つ『幻術』の能力のルールだ。
周りを囲む若者たちの視線が裕太に注がれる。広がる憎悪の意識。そしてその片隅で、BOOが小さく「90%……」と呟いた。




