†chapter20 人の消えた渋谷25
朝比奈雄二郎の事務所が入っている建物の隣に、全面ガラス張りの眩いビルがさも誇らしげに建っている。さすがは夢魔と言ったところか。政財界にパイプを持つガールズモッブともなると、こんなにも立派なビルに事務所を構えることができるらしい。
二重に設けられた入口の自動ドアの先に進む。すると吹き抜けになったエントランスの正面に、ガラの悪い女がこちらを威嚇するように待ち構えていた。
小さな顎と、顔にある無数の引っかき傷。そいつは夢魔の幹部、クラウンの須賀であった。顔のあちこちにあるその傷は、昨日Sanctuaryで『ハーフキャット』の能力を持つ溝畑との戦いで負ったものだろう。
「おい、シュガー! どうせお前、溝畑に負けたんやろ?」
「シュガーじゃない、須賀でしゅ! しょれと、あいちゅには別に負けてないでしゅ!」
いつも通りの、舌っ足らずな喋り方で文句を言ってくる須賀。あざとさのようなものも感じて、何となく癪に障る。
「そうなん? まあ、お前ら身内のトラブルには興味あれへん。松岡のとこに連れてってくれるなら、とっとと案内してくれや」
そう言ってやると、須賀はむっつりと顔をしかめエレベーターの前に歩きだし「26階に降りて、正面の扉にある呼び出しベルを鳴らしなしゃい」と、言ってきた。上条は黙って頷き、上へのボタンを押した。
扉が開き皆でエレベーターに乗り込んだが、須賀は1人その場に残り、何やらぶつぶつと独り言を呟いている。しかし、小声なのと滑舌の悪さが合わさり、何を言っているのかさっぱりわからない。
そんな須賀を無視して閉ボタンを連打する雫。それは1度押せばええんやでと思いながらも、生温い笑顔で閉まるドアを見つめ、上条は26のボタンを押した。
そして大きなエレベーターは上昇していく。揺れもなく、音も静かだ。失礼ながら西蓮寺のまつエクサロンが入る雑居ビルのエレベーターとは、比べられないほど高級なものなのだろう。
正面右上のデジタル表示が26Fと示すと、天井からポーンと音が鳴り上品に扉が開いた。高級なエレベーターは所作も一流だ。
ぞろぞろとフロアになだれ込み、扉の前に集まる上条たち。
「さあ、このボタン押せばええんかな?」
上条はスピーカーとカメラのレンズが付いたインターフォンのボタンを押した。音は聞こえなかったが、数秒後にスピーカーから「スターダストの連中だな。入れ」という声が聞こえ、扉が解錠される音が小さく鳴った。
「ほな、行くで」
上条を先頭に、夢魔の中核に攻め込んでいく。パーテーションで仕切られた通路を進むと、オフィスビルとは思えない程の無駄にだだっ広い空間に辿り着いた。奥には鼎武人の3人、財前ヒカリ子、『魅了』によって虜にされたFCこと嶋村唯と相変わらず『束縛』によって捕らえられている山田拓人、幹部と思われる2人のメンバー、そしてそれに囲まれるように1人豪華な白い革張りのソファーに座る松岡千尋の姿があった。
「12時って言ったのに、随分気が早いのね。嫌われるわよ、せっかちな男は……」
松岡は艶めかしい声でそう言うと、上条の背後にいるエリックに気付き少しだけ顔をほころばせた。彼女は先日、エリックには酷い目にあっているはずだが、あまり懲りてはいないようだ。
「お前らみたいなクソ女共に好かれてもしゃあないからな。FCと拓人は返して貰うで!」
啖呵を切る上条。しかし松岡は、眉ひとつ動かさない。
「無礼なお猿さんね。財前、エリック様と朝比奈雄二郎以外は、全員始末しなさい」
そう言われると、財前は持っていた鞘の先端で硬い床をコツンと鳴らした。
「ちょっと待ってください、千尋さん。このままじゃ我々幹部が何もできないまま終わってしまいます」
「須賀さんと那由他さんの敵は私たちに取らせてください!」
周りにいた2人の女が続けて口を開く。彼女たちも夢魔の幹部のようだ。
「どうせ、財前が全員始末するんだから一緒だと思うけど、まあいいわ。私、茶番劇は嫌いじゃないし」
大した期待もしていないような口調で松岡は言う。しかし当の2人は、笑みすら浮かべ「ありがとうございます!」と、感謝の言葉を残した。
幹部と思われる2人の女。1人はがっちりとした体形で、編み込みハーフアップのいかにも強そうな奴だ。もう1人は、華奢で小柄なポニーテールの女。こちらは喧嘩が弱そうだが、果たして我々は誰が出るべきか……?
思案している上条の横から、瀬戸口と逆月が前に躍り出た。
「ここは私らがやります」と逆月。
そしてその隣の瀬戸口がこちらに振り返ると、雫の顔を見てきつく目を細めた。
「いい、天野。美味しい所は全部あげるから、あんたは絶対にあの財前とかいう女、倒してよっ!!」
雫は持っている特殊警棒を強く握ると、少しだけ口角を上げ、そして大きく頷いた。




