†chapter20 人の消えた渋谷22
校庭の中心に怪しく広がる黒き煙。中の様子を窺い知ることができないが、阿鼻叫喚の叫び声だけは確かにこだましている。
闇雲に呑まれた人物は、一時的に視力を失ってしまう。黒煙が晴れるまで様子を窺った方が良いだろうか?
どうしたものかと考えていると、黒煙の中から束縛された状態の拓人と、それを連れた笠原がのっそりと出てきた。何故か笠原は服がぼろぼろの状態で、深く呼吸をすると口から血が混じった唾液を吐き出した。
「拓人!」
叫ぶ上条。それに気付くと、笠原は片足を引きづりながら校外の方へ逃げ出した。拓人はまだ視力があるようで、こちらを見ながら何度も首を横に振った。
「中で雫がやばい! 俺のことはいいから、雫のことを助けてやってくれ!」
「し、雫ちゃん!?」
追いかけようとした足を止め、黒煙の中心を睨みつける上条。薄らと煙が晴れてきている。この中で一体何が起きているのか? 上条は固唾を飲んで見守っている。その隙に満身創痍の笠原は拓人を引き連れてどこかへ逃げてしまったが、今回は諦めよう。
やがて透けてくる黒き煙。するとそこには、地獄絵図が広がっていた。
トガビトの隅田や闘神の相楽、夢魔の神林を含む、多くの若者たちが校庭に横たわっている。しかしそんな中、たった1人だけ覇王の如く立ち尽くす1人の人物がいた。それは目をぎらぎらと光らせている雫だった。そして彼女は異常なまでに殺気を放っている。
「まさかこれって……」
背後から歩いてきた西蓮寺が真っ青な顔で呟く。意味深な口ぶり。
「一体、何が起きたんや?」
うろたえる上条の横で、西蓮寺は静かに下唇を噛んだ。
「これはあたしの封印されていた能力。彼女はあたしがかつて持っていた能力をコピーしてもうたんや……」
「封印されたミーナさんの能力?」
西蓮寺は『羅刹天』という異名を持った殺し屋だった過去がある。当時持っていた能力は『オーバーキル』。何らかのスイッチが入ってしまうと、異常なまでに暴力的になってしまうという能力だ。しかし、その能力は警察によって封印され、使うことができなくなっていたはずだった。少なくとも西蓮寺自身は……。
雫の体が瞬間的に消える。何処にいったのかと慌てて左右を確認すると、すぐ右横に亡霊のようにしっとりと佇む雫が出現した。
反射的に後ろに跳んだのは正解だった。物凄い勢いで振られた特殊警棒が、鼻先数センチメートルを通過する。
「ちょ、あかんで雫ちゃん! 俺や、俺っ!!」
平素表情に乏しい雫ではあるが、この時は、今まで以上に顔に気持ちが表れていなかった。能面のような顔で、上条に襲いかかってくる。
後退しながら懸命に特殊警棒をかわすが、俊敏な雫の攻撃を全てかわすことはできない。若干の反撃も織り交ぜつつその場を凌ぐ。
「オーバーキルと同調してもうたんかっ!」
声を上げるも、雫は無言で攻撃を続ける。駄目だ。これ以上続けると、こっちの体力が持たない。
動きに精彩さが欠けてきたその時、上条の背後から早馬の如く駆けてきた西蓮寺が、雫に向かって木刀を振るった。特殊警棒の中心部を手で押さえ木刀を受けとめる雫。2人の視線が冷たくぶつかる。
「あんたを人殺しにするわけにはいかへん。ここからはあたしが相手になったる」
西蓮寺の言葉に対し、木刀を弾いて返事とする雫。彼女は既に戦鬼と化していた。
激しい音を上げ、ぶつけあう2人。武器が短い分、距離を詰めようとする雫に対し、西蓮寺は木刀を巧みに操り、一定の距離を保った。
西蓮寺の老練な剣術が、雫の特殊警棒を華麗に捌く。しかし体力的に厳しいのか、だいぶ息が上がってしまっているようだ。早々に決着をつけないと、まずいかもしれない。
「ミーナさん、俺も助太刀するで!」
上条の言葉に、西蓮寺がにやりと笑う。
「おお。さすが大阪、人情の町。けど大丈夫や。次の一撃で勝負を決める」
西蓮寺には何度も兵庫出身だと言っているのだが、中々理解して貰えない。まあ、それはどうでもいいのだが、本当に彼女は勝負を決めることができるのか?
再び激突する2人。だがその時、西蓮寺の木刀が雫の特殊警棒を腕ごと跳ね上げた。無防備な状態を晒す雫。
「少々手荒くするけど、堪忍やで……」
木刀を横にし、西蓮寺はそれを左に振り抜いた。切っ先が雫のあご先をかすめる。
その攻撃は外してしまったかのように見えた。しかし数秒の後、雫の体がぐらぐらと揺れそのまま膝が崩れると地面に突っ伏してしまった。脳震盪を起こしたみたいだ。
さすがに疲れたのか西蓮寺も、その場に腰を下ろした。2人近くに歩み寄る上条。
「怪我してへんか、ミーナさん?」
「ああ、あたしは全然大丈夫や。けど雫ちゃんに酷いことをしてもうた。堪忍やで」
うつぶせに倒れる雫に視線を送る西蓮寺。上条はそれを仰向けに寝かせ直した。
「まあ、雫ちゃんのことはしゃあない。ああでもせんかったら止まれへんかったやろうし、それに雫ちゃんは頑丈やから平気やろ。むしろ心配なんは、雫ちゃんにやられたこいつらやなぁ」
都心の小学校の色気の無い校庭を左右に見渡す。どこから集まったとも知れないごろつき共が、安い船の客室で雑魚寝でもしているかのように大量に横たわっていた。




