†chapter20 人の消えた渋谷10
財前ヒカリ子の『刹那』という時間を止める能力を、FCこと嶋村唯がその性能を増幅させる。彼女たちに対し、どうやって立ち向かえばいいのだろう?
上条は静かに床の上に座っている雫に目を向けた。さすがの彼女も今回ばかりは相手が悪いか……?
「さっき戦って、財前さんが強いのはよくわかった。だけど私は、あの人を倒したい」
顔は無表情だが、己の感情をそのまま口にする雫。やはり因縁の強い財前を、どうしても打ち負かしたいようだ。
「勝算はあるんか? 雫ちゃんのことを信用してないわけではあらへんけど、殺し屋相手に負けるかもしれない戦いを挑ませるわけにはいかへんで」
「財前さんの能力は理解した。そうなった以上、引き分けることはあっても絶対に負けることはない」
「けど向こうには、FCの『インクリーズ』とかいう増幅能力があるんやで。それは計算に入っとるか?」
「勿論。だって増幅能力は、25メートル圏内の全ての亜種に適用されるんでしょ? だったらそれは私の味方にもなってくれるはず」
雫が西蓮寺に目を向けると、彼女は「そうやな」と言って頷いた。
しかし仮に雫が『同調』で財前の刹那をコピーしたとして、その刹那の能力性能が増幅されるのだろうか? これは『暴露』の能力を持つ上条にも、よくわからなかった。
表からカラスの鳴く声が大きく聞こえてくる。そろそろ外の空気も浄化された頃だろうか?
その場から立ち上がる3人。緩く響くエレベーターのモーター音が不意に途切れると、目の前の扉がガタガタと音を立てて開いた。
この閑散とした渋谷のしかも休業中のマツエクサロンに客など来る訳もないので、恐らくさっき出ていった瀬戸口が戻ってきたのだろう。上条はそんな風に思っていた。
しかし、中にいたのは瀬戸口でも逆月ツカサでもなかった。奇妙な赤いお面を被った人物。
「でぃ、鼎武人っ!!」
そう、そこにいたのは、夢魔が雇った京劇の面を被った3人組の用心棒、鼎武人の1人だった。
上条は床に置いてあった西蓮寺の木刀を素早く手に取り、エレベーターから出てきた赤面の武人に向かって振りかぶった。
赤面の武人は左手を掲げ、それを防ぐ。骨だって叩き折るくらいの勢いで振ったのだが、何故か鉄の棒でも叩いたかのように手応えがない。袖の下に何か仕込んでるのか?
その時、背後から「えっ!」と悲鳴が聞こえる。見ると西蓮寺の後ろの階段の下から、青面の武人が姿を現した。1人だけならともかく、こんな狭いところで2人と戦うのは無理がある。
動揺を隠しつつ様子を窺う上条。すると今度は上の階から白面の武人が階段を下りてきた。白面の武人は何やら鈍器のような物を手にしている。3対3だが、これはまずい状況だ。
木刀を両手で握り直したことに反応し、身構える赤面の武人。だが階段の上の白面の武人が手のひらをかざし「等待!」と叫ぶと、静かに拳を下ろした。
そして階段から下りてくる白面の武人。彼は中国語で何か言った。同時に雫がそれを訳してくれる。
「我々は、お前たちと戦わない」
「カタコンベ東京の楊さんが言うには、『風使い』がこの戦争を終わらせる」
「今のお前たちでは、財前ヒカリ子に敵わない」とのことだ。
夢魔に雇われた鼎武人が、我々と戦わないというのは解せないが、こちらにとっては好都合なのでとりあえず好意的に受け止める。そして、楊さんが言ってたことは、以前上条たちもカタコンベ東京に行った時に同じような話は聞いたことがある。
問題は財前ヒカリ子には勝てないということだ。こっちはFCを奪い返さなくてはいけないので、戦闘は不可避だろう。
「じゃあ、どうしたらええんや? 変わりにお前らが倒してくれるっちゅうんか?」上条が聞く。
「这是不可能的」
「それは不可能です」
即答する白面の武人と、同時通訳する雫。白面の武人は中国語しか話さないのに、日本語の聞きとりはできるのか?
そして何か言いながら、持っていた鈍器を雫に手渡す白面の武人。あれは何だろう?
「雫ちゃん、それ何?」
「楊さんから私に、特殊警棒の贈り物だって」
雫はその特殊警棒を上条に見せた。雫の所有している可愛らしいピンクの特殊警棒とは打って変わり、武骨なフォルムをした黒い特殊警棒だ。
「それやったら財前の日本刀とも渡りあえそうやな」
「えー」
雫は少し不満気な声を上げるが、白面の武人の説明を聞くと表情が徐々に変化していき、最終的には凄く悪い悪戯を思いついた中学生のような顔になった。雫がここまで感情を出すのは珍しい。
「どうかしたん?」
「この警棒、凄く良いかも」
貰った特殊警棒にハグをする雫。まるで、ぬいぐるみでも貰ったかのようだ。
それが済むと、鼎武人の3人はエレベーターに乗り下に下りていった。奇妙なお面の3人組が狭いエレベーターの籠に収まるというシュールな姿に、思わず吹き出しそうになったのは内緒だ。
「何やわからんけど、鼎武人とは戦わんで済みそうやな。後は女共にお仕置きすれば完了や」
「上条さんも戦うの?」
瞬きを数回し、こちらに振り返る雫。
「いや、男が手ぇを出すと、フェミニスト団体がうるさそうやからな。ここは一つ、あいつらの手ぇでも借りるとしよか」
「あいつら?」
雫の疑問に対し、ただ不敵に笑う上条。
「そうや。こういう時は、猫の手でも借りんといかんからな」




