†chapter6 人間の瞳04
玄関の扉の前で立ち止まった上条は、何か困ったようにフーッと息を吐き出した。
「もう不破のテリトリーに入ったみたいやな」
後に続いて来た拓人もそれは感じていた。ヘヴンの中にいた時と同じ違和感がある。すでに不破征四郎の持つ結界の能力の範囲に入ったようだ。
「まあ、それも不破がこの建物の中におる証拠や」
そう言って上条は、玄関のドアノブに手を掛けた。ガチャガチャと何度か捻ってみたが扉は開かない。
「鍵がかかってるみたいやな」
普段の上条ならこの程度の扉、暴露の能力を使って簡単に開けることが出来るのだが、残念ながら不破の持つ結界の能力のせいでそれが出来ない。
「これを使え」
そう言った拓人の手の中には革製のキーケースがあった。そんなこともあろうかと、門の前で倒れている痩身の男からあらかじめ奪っておいたのだ。
「仕事早いやんか」上条はキーケースを受け取り笑顔で答えた。「もしかしたらこれは良いコンビなんちゃうか?」
「うるせー、うれしくねーよ。さっさと開けろ」
上条はキーケースからそれらしい鍵を取りだすと、それを鍵穴に差し込んだ。
「おう。けどさっきも言うたけど、こん中は人外の能力使えへんようなるからそんだけ注意せぇや」
「そもそも俺の疾風の能力は、室内ではほぼ役に立たねぇよ」
「なるほどな。不破がいようがいまいが、結果は同じなんやな」
差し込んだ鍵を静かに回転させた。ガシャッという金属音が辺りに響く。
「良し、行くで」
手荒に扉を開けた上条が素早く中に侵入した。小さなエントランスには台の上にインターホンがあるだけで誰もいない。
上条は拓人に目で合図を送ると、遠慮なくずかずかと正面に続く廊下を歩いて行った。一軒家だが中は事務所のような造りだ。
そのまま廊下を進んで行くと、不意に左の部屋からスコーピオンのチームカラーである赤い斑点がついたバンダナを頭に巻いた男が出てきた。男が突然の侵入者に驚いていると、その隙に上条はつかつかと近づきデッキブラシを小さく半回転させた。
どうなったのかはわからないが、ガッという音と共にバンダナの男の前歯が吹き飛び後ろに倒れた。
「な、なんらーっ、お前らぁぁぁっ!!」
歯が抜けて舌足らずな声で怒鳴る男に対し、上条はデッキブラシで男の巻くバンダナの辺りを強く突いた。
「んがっ!」と鼻から抜けるような間抜けな声を出すと、バンダナの男はぐったりと横になり静かになった。死んではいないだろうが気絶したようだ。
上条は右に目をやった。バンダナの男が出てきた左の部屋の反対側に二階と地下に行く階段がそれぞれある。
二階や地下なら逃げ場がないので、先に一階を捜索したほうが良いだろうか?
そんなことを考えていると、音を聞きつけたのか正面からもう一人、ドレッドヘアーの男が出てきた。
「客かぁ?」
状況がわかっていないのか、男は後頭部を掻きながらのそのそと歩いてくる。
容赦のない上条は無防備に近づいてくる男の左すねをデッキブラシで叩きつけた。
「あっ!!」驚いた男は慌てて飛び退いた。打たれたすねが痛むのか少し左に傾いている。
「何だ、清掃業者かと思ったら違うみてぇだな」
そこでドレッドヘアーの男は、ようやく上条と拓人の二人が敵だと認識し戦闘態勢に入った。
「違わねぇ。掃除屋や」
上条はデッキブラシの中央部を握ると、ドレッドヘアーの男のみぞおちを突いた。
「あぶねっ!」男は半身の姿勢でそれを避けると同時に、後ろ回し蹴りを放った。
ドレッドヘアーの男の蹴りがデッキブラシに当たり、持っていた手がじーんと痺れる。リーチでは上条が勝っているが、残念ながらこの狭い廊下ではあまり活かされない。
ドレッドヘアーの男もショートレンジが吉と見たのか、続けざま距離を詰めると右の拳で殴りかかってきた。
上条の左頬に男の正拳が突き刺さる。左の奥歯に熱せられたような痛みが広がったが、それに耐えた上条はオールで水をかくようにデッキブラシで犬塚の右足首を払った。
「わっ!!」
やはりまだ打たれた足が痛み思うように身動きが取れないのか、ドレッドヘアーの男はデッキブラシで足をすくわれると、簡単に地面に倒れてしまった。
「お前は確か、幹部候補の犬塚やな」
上条が倒れた男の特徴的なドレッドヘアーを掴み言った。
「何の真似だ! お前ら、B-SIDEに喧嘩売ったスターダストとかいう奴らだろっ! 俺らスコーピオンにまで喧嘩売る気なのかっ!!」
犬塚と呼ばれたドレッドヘアーの男は、倒れたまま上条を睨んだ。
「よう喋る男やな」上条は煩わしげにそう言うと、口に溜まった血を地面に吐き出した。
もうすでにB-SIDEに宣戦布告したことが、渋谷の住人に知れ渡ってきているようだ。勿論そのためにわざわざ花火まで上げたので、望み通りではあるのだが。
「B-SIDEの話はええねん。それより犬塚、お前人間の瞳って知っとるか?」
「ああ!? にんげん?」
犬塚のその反応は、本当に知らないような印象を受けた。
「……じゃ、質問を変えるで。総長の不破はどこにおる?」
不破という名前を聞いて動揺した犬塚は目を泳がせた。
「あ? お前ら一体何の用なんだよっ!」
その時、犬塚の視線が一瞬だけ下を向いた。殊のほか、正直な男のようだ。
上条は無言で犬塚を後ろ手にしてケーブル等を束ねる時に使用する結束バンドで左右の親指を括り、無理やり口の中にハンドタオルを押しこんだ。
「拓人、地下だ。行くで」
「ああ」
身動きが取れずジタバタ暴れる犬塚を尻目に、二人は横にある階段を使って地下へと下りて行った。