†chapter19 冬告げのエトランゼ08
あいつら本当に何者だったんだ?
拓人は未だ空を見上げている。しかし、そこには薄曇りの空が広がっているだけで、他には何も見えなかった。
あの時、マスクとつけた小柄な男は確実に『パコ』と言っていた。しかしスキンヘッドのキモい奴にしても、マスクの男にしても、どこのチームに所属している人間なのか拓人は認識してなかった。
「それでも一応、蛭川の奴に教えてやったほうがいいかな……?」
本来は敵同士なのでそんなことをする義理もないのだが、このまま黙っているのも少し気持ちが悪い。拓人は一度公園内に戻り、渋谷駅の方角に向かった。恐らく蛭川はB-SIDEの拠点である渋谷駅前に向かったのだろうから、もしも途中で会うことができたらそのことを伝えるとしよう。
よく整備された運動施設の横を通り抜けて行く。平日のためか施設の利用者はそれほど多くない。拓人は蛭川の姿を捜しつつ、南へと歩を進めた。
駅に程近い公園の出口階段に差し掛かると、その階段の下から1人の男が上ってくるのが見えた。モード系マッシュヘアーの下に切れ長の三白眼を潜ませている男。背はそれほど大きくないが、不気味な威圧感を放っている。
「何、ジロジロ見てんだよテメーは?」
男は向かい合うなり喧嘩を売ってくる。手にはブルーのカラーバンドが着けられているので、どうやらB-SIDEメンバーのようだ。
「別に喧嘩売ってるつもりはない。気分を害したのなら謝るよ」
相手がB-SIDEメンバーなら、朴潤一の居所を探りたかったのだが、どうも話が通用する人間ではないようなので、ここは丁重にスルーさせてもらう。
三白眼の男が反吐でも吐くように「ケッ!」と言って通り過ぎると、階段の下からもう1人、恰幅の良い男が姿を現した。それは代々木体育館の事件の時にいたB-SIDE幹部の大関夏生だ。
「あー、頭痛い。困ったなー」
大関は小豆味のアイスバーをかじりながら、頭を押さえている。冬にあずきバーなど食べたら当然、頭も痛くなるだろう。以前、上条はこいつのことを危険な奴だと言っていたが、想像以上に訳のわからない奴かもしれない。
「ん? お前はスターダストの『風使い』だな」
大関は拓人のことに気付いた。こいつが俺のことを覚えているとは驚きだ。
「お前はB-SIDE幹部の大関だな?」
拓人が言うと、大関はあずきバーを咥えながら「うん」と頷いた。
「お前に会ったら潰すように鳴瀬から言われてるけど、今は他で遊ぶことがあるからまた今度な」
人を食った態度の大関はそう言ってそのまま素通りしようとしたが、前にいる三白眼の男がその言葉に興味を示した。
「へー、こいつが鳴瀬さんが言ってた風使いなのか? くくくくくっ」
喧嘩腰で近づいてくる三白眼の男を、大関が諌める。
「今は面倒だから手を出すな。さっきもそうだけど、朴は喧嘩っ早くて駄目なんだな」
更に白目の部分が広がっていく三白眼の男の目を見ながら、拓人の心臓は大きく脈打っていた。
「朴? お前が朴潤一なのか?」
そう言われ、鋭い三白眼が一瞬だけ丸くなる。
「また俺に客か? それともさっきの奴の知り合いか?」
やはりこいつが朴潤一のようだ。さっきの奴とは蛭川のことを言っているのだろうか? もはや嫌な予感しかしない。
「知り合いだったらどうする?」
「くくくっ、知り合いなら特別に教えてやる。あの灰色の髪の兄ちゃんは、そこののんべい横丁で寝っ転がってたぜ」
朴は薄ら笑いを浮かべながらそう言う。のんべえ横丁とは、公園を出てすぐ目の前にある小さな店舗が立ち並ぶ飲み屋街のことだ。
「そうか。教えてくれてありがとう」
礼を言うと、朴はつまらなそうに口を曲げた。
「怒らねえのか?」
「顔見知りではあるが、友達ではないからな。あいつがお前らに何されようが知ったことじゃない。まあ、次に会うことがあったら、どうなるかはわからないけどな……」
拓人は朴と大関を睨みつける。大関は興味もなさそうにあずきバーをかじる一方、朴は嬉しそうに口角を上げた。
「次に会うのが楽しみだな。くくくくく」
大関が食べ終わったアイスの棒を放り投げ歩きだすと、朴も踵を返しその後を追って行った。




