†chapter6 人間の瞳03
「良いのか? だいぶ怒ってるみたいだったけど」
ドーナツプラネットを出た拓人が心配して聞いたが、当の上条は人ごとのように「何が?」と言ってドーナツ屋の裏手に入っていった。
「何がって、あのみくるって女のことだよ!」
裏手にある小さな倉庫の扉を開けた上条は、その中のガラクタを漁りだした。
「ああ、みくるちゃんならいつものことやから大丈夫や」
ガラクタの中からデッキブラシを見つけた上条はそう言うと、カラカラと笑って裏から出てきた。
「何だよそのブラシ? 持って行く気か?」
「そらそうや。掃除しに行くんやから、掃除道具はいるやろ。しっかり武装しとかんと、現場では人外の能力が使えへんからなぁ」上条はそう言いながら、器用に片手でデッキブラシを振り回した。
ブラシの汚れた先端が顔に当たりそうになった拓人は、不愉快そうに顔をしかめた。
「しかし、本当にそこに人間の瞳があると思うか?」
「まあ可能性は低いやろなぁ。けど俺たちは、琉王の言葉を信じて動くしかないんや」
琉王は人間の瞳盗難の裏には、渋谷三大勢力の一つスコーピオンが動いていると言っていた。今も彼らが人間の瞳を持っているなら、それはスコーピオンのテリトリーである代々木公園周辺にあるはずだった。
上条がデッキブラシをくるんと頭上で一回転させると、その勢いのまま横に振り抜いた。ヒュンッと空気が切れる音がした。
「うん、上等上等。これでええわ」
手頃な武器を見つけた上条は、上機嫌でNHK放送センターの方に歩いて行った。
後を追う拓人が「なあ!」と声を上げた。
「なんや?」振り向いた上条は、歩く速度を落とした。
「琉王が気にしてたみたいだけど、スコーピオンの総長の能力って一体何なんだ?」
「そうか拓人は知らんかったか。 スコーピオン七代目総長、不破征四郎の能力は『結界』や。あいつの半径10メートル圏内に入ると、俺達亜種は人外の能力が使えなくなってしまうねん」
拓人は納得するように何度も頷いた。
「そうか、メビウスの発生装置を持っているんじゃなくて、そいつの能力自体がメビウスそのものなのか!」
「ピンポン、正解! だから人間の瞳は、不破が持っている可能性が高いんや。あいつが持っとけば人外の能力をもってしても人間の瞳の場所を特定されずに済むからなぁ」
「そうか。でもその能力を逆手に取って、居場所を発見した俺たちの方が一枚上手だったってことか」
上条は歩きながら、険しい表情で頷いた。
「まだ不破が、人間の瞳を所持していればの話やけどな……」
転売がされてしまう前に、何としても人間の瞳を奪い返さなくてはいけない。上条は前を向き直すとその足を速めた。
NHKセンター下を抜け神山商店会を真っすぐに歩いて行くと、ようやく小さな三叉路が見えてきた。ここがみくるの言っていた交差点だろうか? 拓人は信号機を見上げた。横に取り付けられた交差点名標識には「神山町」と記されている。間違いないようだ。
「この付近を探せば良いんだよな?」
「確か坂道に建ってる家って言うとったな」
三叉路は真っすぐに進む道と、左に曲がる道がある。正面は勾配の無い道だったので、少し進み左手に目を向けた。するとみくるの言葉通り、緩やかな坂がそこから伸びていた。
ここで間違いないと思った拓人は坂を上ろうとしたが、何かが目に入りすぐに横にある電柱の陰に隠れた。
「どうした拓人?」
後ろから来た上条も、合わせて電柱の陰に隠れた。
「あの建物からチンピラっぽい奴らが出てきた」
電柱の陰から身を乗り出した上条は、拓人の指差す方に目をやった。坂道の途中にあるコンクリート打ちっぱなしの建物の前に三人の若者がたむろしている。
「おーおー、これはビンゴや。あいつら全員赤い点々が付いたTシャツ着てるやろ?」
その三人の着ている白地のTシャツには、皆一様に返り血を浴びたような赤い斑点がデザインされている。
「ああ、あれがどうした?」
「あのTシャツは、スコーピオンの制服みたいなもんやねん」
「そうか、じゃあの建物がスコーピオンのアジトで間違いないんだな」拓人はそう言うと、今一度建物に目を向けた。
その建物の前には巨漢の男、背の高い痩身の男、そして痩せた男の肩ほどしか身長がない男が何か談笑をしている。
(チッ、向こうは三人か……)亜種が混ざってたらやっかいだなと思いながら、拓人は辺りを見回した。西は道路が続いているが、東は丁字路のため建物が塞がっている。風の通りはあまり良くないかもしれない。
さてどうやって倒してやろうか? 拓人が戦闘のシュミレーションをしていると、後ろにいる上条がデッキブラシを片手で器用に回しだした。
「どうやら、あの中に亜種はおれへんみたいやな」
暴露の能力を使い亜種がいないことを暴いた上条は、デッキブラシを片手に握り敵に突っ込んで行った。
「お、おいっ!!」拓人が激しく狼狽した。
いくらなんでも無謀すぎる。そう思ったのも束の間、上条がデッキブラシを一振りすると痩身の男が横に吹き飛び、もう一振りすると背の低い男のあばらを砕いた。
(マジか!?)拓人は心の中で叫んだ。
上条は最後に大きくデッキブラシを引くと、目の前にいる巨漢の男のみぞおちを一突きにした。
目にも止まらぬ早技だった。赤い斑点の付いたTシャツを着た三人は状況がよく呑み込めぬまま、地面に倒れ苦しそうにもがいている。
「……驚いたな。圭介君、強かったんだな」
上条は持っていたデッキブラシで、自分の肩をトントンと叩いた。
「当たり前やろ! 仮にもこの街を制覇しようとしとる人間が、こんな雑魚に手こずってるわけにいかへんわっ」
暴露という能力が戦闘向きではなかったので、拓人は上条の実力を見誤っていたようだ。
あの身のこなし、何か武道をかじっているのかもしれない。
「まあ、とはいえ雑魚共が集まってきても面倒や。さっさと中に入るで」
門を空け玄関に向けて歩いて行く上条の背中を追いながら、拓人は自然と笑みが浮かんだ。スコーピオンのアジトの中は人外の能力が使えなくなるらしいから、これは頼もしいな。
拓人は地面に転がる痩身の男の腰に付いたものを奪うと、上条の後に続いて門の中に入っていった。