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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter1 屋上の闖入者
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†chapter1 屋上の闖入者02

 上条圭介の坊主頭から一筋の汗が流れた。

 「ふむふむ、なるほどなぁ」

 そう言って目を瞑り集中すると、1度針金を鍵穴から取り出し用意していたラジオペンチでその針金を曲げだした。


 「ドキドキッ」

 横で見ている少女が、思わず自分の感情を声に出して呟いている。


 「良し、これでOKや」

 針金の細工が完成すると、上条は再びその針金を鍵穴の中に挿入した。指先を微かに動かすとシリンダーが動く音が微かに鳴るが、街の騒音に掻き消され2人の耳にそれは届かない。

 しかし上条は針金を差した瞬間から、この扉が開くことを確信していた。


 「フィニッシュやっ!」

 そう言って針金を入れた鍵穴に更に小さな鉄製のヘラを差し込むと、上条はそれをそのまま右に回転させた。扉の奥から心地よい金属音が小さく聞こえた。


 少女は色違いの目を輝かせながら扉の前に座り込んだ。

 「開いたの?」

 上条は左の親指を立ててそれに答える。「俺に暴けんものなど、この世にないんやで」


 「いちいち大げさだから」

 「しかし、ホンマのことやからしゃーない」上条は己に言い聞かせるようにコクリと頷いた。


 「じゃ、何か他にも暴いてみてよ」

 「そうやなぁ。じゃ、今日のみくるちゃんのパンティの色を……」

 そう言うや否や、少女はその言葉を無視するようにドアノブに手を掛け扉を開いた。「わぁ、ホントに空いてる」

 少女が扉の中を覗きこむと、中には配線が剥きだしになった大きな分電盤があった。


 言葉を聞き流された上条は、少し白けた表情でそこから立ち上がった。

 「みくるちゃん、無視はアカンで」


 みくると呼ばれた少女は頬を膨らませながら振り返る。「だって圭介、すぐにエッチなこと言うんだもん」

 「ボケやんか、ボケ。ちゃんとつっこんでくれんと、敵わんわ」

 上条はこれだから東京人は困るんやと言わんばかりの表情で、取れかかった鼻の詰め物を奥に押し込んだ。

 「ボケてんのは圭介の頭の中だけで十分だよ」

 そう言われた上条は何かに感心したように眉を上げた。「まあまあ、ええつっこみできるやん」


 今度はみくるが白けた表情をする番だった。「そんなこといいから、早くやろうよ」

 「そりゃあ、ごもっともで」上条は口をへの字に曲げると、針金と工具をバックの中に片づけた。


 「アレの準備はできてるの?」

 「ああ、みくるちゃんが来る前にセッティング済みや。後はこのブレーカーを落とすだけ」上条はそう言って、扉の中の大きな分電盤を指差した。

 「じゃあ、マッチ貸して。あたしが火を点けるから」

 上条はギョっとして振り向いた。「アカンアカン、失敗したら火傷じゃすまへんで。みくるちゃんはブレーカー落とす係や」


 「えー、ずるいー」みくるは唇を前に突き出して地団駄を踏んだ。

 「ずるくないわ。こういうのは元々男の仕事やねんて」

 「何それ? 前時代的。馬鹿みたい!」憤慨したみくるはその後も、坊主! おっさん! キモい! などと次々と侮蔑の言葉を浴びせた。


 「キモいってどういうことやねん。女を守るんは男の使命やねんで」上条はみくるの言葉を遮ると、屋上の中央に足を向けた。そこには3本の煙火筒が並んでいる。

 後ろから走ってきたみくるは、上条の前に回り込むとマッチを持つ手を両手で握りこんだ。

 「じゃ、圭介が守ってくれるなら安全でしょ? あたしのことを守って……」


 接近した状態で目を合わせられ、動機が激しくなった上条は鼻の詰め物を今一度奥に押し込んだ。

 「しゃ、しゃーないなぁ、1発だけやで……」


 「やったーっ! 圭介ありがとーっ!」

 みくるが飛び上がって喜んでいるのを尻目に、上条は塔屋の方に歩いていった。

 「ええか、ほんなら俺がブレーカー落とすから、電気が消えて10秒経ったら1番左の筒に火を入れるんやで」

 「10秒後に左の筒ね、真ん中と右は駄目なの?」

 「順番があんねん。他のは3号玉だけど、右のは1つだけ6号玉が入っとるからな」

 「ふーん、そうなんだ。最後に1番大きいのを上げるのね。わかった」

 「頼むで、左やで。お茶碗持つ方やからな」


 しつこく言ったせいかみくるは一瞬だけ不快な顔をしたのだが、すぐに笑顔に戻り上条に向かって微笑んだ。

 「お茶碗持つ方ね。おっけぇーっ!」


 みくるが指で作ったOKサインを確認すると、上条は塔屋の中にある分電盤の大きなレバーに手を掛けた。

 「ほんなら、落とすで」


 ビルの下に広がる駅前の中心街はいつもと同じように光で溢れ、大音量の音楽を垂れ流している。後は時折、喧嘩に明け暮れる若者達の怒号が飛び交っていたりもするのだが、それをとがめる者など誰もいなかった。

 何故なら、それがこの街の日常なのだから。


 「よっしゃ、行くでっ! サーンッ、ニーッ、イーチッ、ゼロッ!!」


 その瞬間、渋谷駅前周辺の電気が一斉に消え、あれだけ喧騒を撒き散らしていた街が暗闇と静寂に包まれてしまった。


  ―――†chapter2に続く。

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