†chapter18 ワンヒットの法則19
開け放たれたVIPルームの扉を挟み、みくると乙村が対峙している。怒りを露わにしながら視線をぶつけ合うその姿は、何人たりとも寄せ付けさせない重みのような迫力があった。
果たして、みくるは勝てるだろうか? 上条は『暴露』の能力ですでに乙村の能力を把握しているのだが、これが中々戦うには厄介な相手なのだ。
「おい、ねえちゃん! そのキノコ頭の女は、俺の『ワンヒットワンダー』が全く効かなかったから気を付けろよ!」
朝比奈はショートボブヘアーの乙村を差してそう言う。みくるは少しだけ視線を外し、朝比奈によって破壊されたドアにちらりと目を向けた。
「あのパンチが効かない……? 嘘でしょ?」
しかし朝比奈の言うことは本当だった。上条が暴いたところによると、乙村の持つ『デコイ』という能力は、相手の攻撃を無効化することができるらしい。
「うふふ。信じられないのなら試してみる?」
ノーガードのまま顔を前に出し焚きつけてくる乙村。安い挑発に乗ったみくるは、右足を軸にして素早く身体を反転させるとそのまま長い脚を伸ばし上段に回し蹴りを放った。
ブーツの側部が乙村のこめかみに命中し、首が捻じれるような鈍い音が鳴った。乙村は凶兆を告げる鳥のような不吉な声を上げると、その直後、身体から何やら黒い影のような物体を排出しだした。
気味の悪い光景に、周りにいる女たちは皆口を押さえる。みくるも多分に漏れず、目を細めその様子を見ていた。
「その黒いのが、あんたの能力?」
乙村の身体から抜け落ちた人を象ったその黒い物体は「ケケケケケッ」と声を発すると、足の先から地面に解けるように消えていった。
「そうや。それが乙村の能力、『デコイ』の正体や。攻撃を加えてもその影みたいなんが囮になっとるみたいで、本人にはダメージを与えることができひんのや」
上条がそう説明すると、みくるはただ小さく頷き、乙村のことを睨みつけた。
「だったら、こっちの気が済むまで蹴りを入れられるわね」
「やれるものなら、やってみなさい。当然、こちらからも攻撃させて貰うけどね」
そう言い終るや否や、乙村は前に1歩踏み出した。
乙村の掌底がみくるの顎を掠める。紙一重で攻撃を避けたみくるに対し、乙村は連続攻撃を仕掛けてきた。攻撃が効かない上に、中々好戦的な女のようだ。
「物理攻撃が効かないなら僕に戦わせろ。僕ならあいつに、攻撃を効いたと思いこませることができる」
横にいる裕太が上条にそう提案してきた。彼もまた、藤崎を拉致した乙村をその手で懲らしめてやりたいと思っているのだろう。
「お前の気持ちもわからんでもないけど、ここは女同士で決着をつけたほうがケチがつかんやろ。とりあえず俺らは、みくるちゃんを信じよう」
「僕だって信じたいけど、実際勝てんのかよ?」
裕太のその質問を受け、上条は自信たっぷりにほくそ笑んだ。
「みくるちゃん、そいつの能力には弱点があるで。そこを攻めれば楽勝やっ!」
上条がそう叫んだのは、丁度みくるのニーキックが乙村のみぞおちに突き刺さったところだった。腹部を中心に排出される人型の黒い物体。「ケケケケケッ」という不気味な笑い声が再びフロア内に響く。
「圭介! その弱点、絶対に言わないでよね! この女は、あたし1人の力で倒すんだから!」
みくるのその主張に、上条はただ「了解」とだけ答えた。プライドの高い彼女のことなので、こう言ってくることはあらかじめ予測できていたのだ。今はただ『デコイ』の能力に付け入る隙があることだけ伝われば、それで良しとしよう。
「おい! 一刻を争うこの時に何、悠長なこと言ってんだよ。そんな女、弱点聞いてとっとと倒せって!」
横から裕太の物言いが入るが、みくるはまるで耳を貸さない。100%、既読スルー。憐れんだ上条が代わりに声を掛ける。
「いや裕太。みくるちゃんは自尊心の塊みたいな人間やから、下手に弱点なんて教えたら、そこだけは絶対に狙わないような戦い方をしかねへんねん。わかるやろ?」
「わかんねぇよっ! 何なんだよそれ。面倒臭い女だな!」裕太は文字通り頭を抱える。アメリカ人のようなオーバーアクション。こんな状況でなければ、思いっきり笑ってやりたいところだ。
「しのごの言わずに決着を見届けようや。けど、どっちに転んだとしても最後は取り巻き連中が俺らを襲ってくるやろうから、そしたら裕太の『幻術』の能力が頼りやで」上条は裕太にそっと耳打ちする。
「何だよ。結局、『幻術』でパニック起こしてその隙に逃げるのか? だったら最初からそうした方が話が早いじゃないか」
裕太は最もらしいことを言うが、結局のところ何もわかっていない。乱闘になったら何でもありかもしれないが、今は1対1のタイマン。ここで尻尾を巻いて逃げたら、この街で看板掲げてチーム組んでる意味がない。
上条は裕太の頭にそっと手を乗せた。
「まあ、裕太も大人になったらわかる日が来るで」
「何だよその上から目線! 全然意味がわかんねえっつうのっ!!」
大きく地団太を踏む裕太。やっぱりこいつは見てて飽きない。みくるが敵と戦っている一方で、新しいおもちゃが手に入ったような幸福感を噛みしめる上条なのであった。




