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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter18 ワンヒットの法則
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†chapter18 ワンヒットの法則18

 「エレナさん……、本物ですよね?」

 扉の前に立つ乙村おとむら香織は、スマートフォンを片手に表情もなく呟く。裕太は戸惑う気持ちを抑えながらも、溝畑になりきりそれに答えた。

 「当たり前じゃない」


 「そうですよね……」

 「どうしたの、香織? ちゃんと外を見張っててって、私言ったわよね?」

 しかし乙村は、その言葉には耳を貸さず部屋の中に入ってくる。それを見た上条は思った。もしかすると彼女が会話をしているのは、裕太ではなく、電話の向こうの相手なのではないかと。


 「じゃあ、私の目の前にいるエレナさんは、一体何者なの?」

 乙村は溝畑の姿をした裕太の肩に、そっと手を触れた。


 疑いを持った人間に触れられると、『幻術』は夢から覚めるように解けてしまう。何とその瞬間、溝畑の姿は泡のように消えてなくなり、ダッフルコートを着た本来の裕太の姿に戻ってしまった。


 嫌な予感というのは往々にして的中してしまうもので、やはり乙村の電話の相手は溝畑エレナ本人だったようだ。上条は軽く奥歯を噛みしめる。

 「すみませんエレナさん。害虫の侵入を許してしまいました。一旦電話切ります」

 耳から放したスマートフォンの画面を軽くタップする乙村。


 こうなってしまったらもう、戦うしかなさそうだ。ひとまず相手は1人だけ。女相手に喧嘩するのは気が引けるが、そうも言ってはいられない。


 「私たちを騙そうだなんて、男って本当に馬鹿なのね。二度とこんな真似したくなくなるように、八つ裂きにしてあげるわ……」

 怒りに満ちた目で睨みを効かせながら、細い指をバキバキと鳴らす乙村。覚悟を決めた上条は1歩前に踏み出し、後ろの皆を守るように立ち塞がった。

 「皆、下がっとれ。すぐに片を付けたる」


 そうは言ったものの、こちらから手を出す気にはなれず相手の出方を待つ上条。一方の乙村は目を細くして睨んでいたのだが、突然何かに驚いたように目を見開くと、上条の背後の辺りに視線が釘付けになった。

 何だろうと思い上条は振り返る。しかし後ろには革張りのソファーと壁があるだけで、何か目立つものがあるわけではなかった。


 「何やねん?」

 上条はそう口にして視線を戻すと、いつの間にか乙村の姿がなくなっていた。代わりに扉が閉められる音と、鍵の閉まる音が聞こえてくる。しまった。乙村得意の小芝居で一杯盛られたようだ。


 「……とまあ、くの如し状況なわけや」

 開き直った上条がおちゃらけてみるも、3人は冷めた視線をぶつけてくる。完全に自分の失態なので言い訳のしようもないが、あの裕太までも深い溜息をついているは、何か腹が立ってくる。


 「ア、アホやなぁ、俺は錠前破りのスペシャリストやで。こんなシリンダー錠やったら、簡単に開けられ……」

 上条はそこまで言って、その扉に鍵穴が無いことに気がついた。そうだ。この扉は外側から鍵の開け閉めを行っていたのだと、今更ながら思い出す。


 「アカン。内側からやとピッキングでけへん。完全に閉じ込められてもうた」

 「そんなのわかってるわよ! だから困ってるんでしょっ!」

 みくるが金切声で批難してくる。本当にごめんなさい。


 そのうちに、扉の外側からざわめきが聞こえてきた。乙村が呼んだのか、3階に人が集まっているようだ。このままでは非常にまずい。


 「ったく、しょうがねぇなぁ。ここは俺の出る幕か……」

 朝比奈はそう言うと、閉ざされた扉の前にのそのそとやってきた。


 何をするつもりなのかと注目する上条とみくると裕太。朝比奈は気合を入れるように静かに息を吐くと、おもむろに腕を振りかぶり、そのままスチール製のドアに向かって勢いよく拳をぶつけた。


 大きな手で平手打ちを喰らってしまったかのような強烈な破壊音が、耳の奥を震わせる。その瞬間ドアは吹き飛び、部屋の外から複数の女性の叫び声が響いた。

 上条は自分の目を疑っているかの如く何度か瞬きをして、破壊された扉に目を向けていた。解放されたドア。そして残った扉の枠には壊れた蝶番ちょうつがいがプラプラと揺れている。


 「凄い威力やな。ヒナ先輩の能力は……」

 尋常でないその力に、上条は素直に感心した。これは朝比奈が『ワンヒットワンダー』という1発の拳に己の力の全てをかける能力を使ったため、破壊することができたのだ。しかしそれをした朝比奈は、落ち込んだように俯いたまま顔を上げない。


 「本当はこいつらの親玉をぶちのめしたかったんだが、これで打ち止めになっちまった。まあ、仕方ねえか。後はお前ら頼む」

 『ワンヒットワンダー』の能力が使用できるのは、1日でたった1発のみ。朝比奈は拳を下ろすと、しずしずと扉の前から離れた。解放された扉の向こうには、引きつった顔の乙村がいる。


 「おい、乙村。こんなちゃちな扉で、俺らを閉じ込められるとでも思ったんか?」

 上条が啖呵を切るも、後ろにいる裕太が鼻で笑う声が聞こえてきた。このガキだけは絶対に許さない。


 「大人しく捕らえられてればいいものを、本当に八つ裂きにされたいみたいね」

 気持ちを切り替えた乙村は、顎を下げ目を光らせた。ノーガードだが、あれで戦闘態勢のようだ。こちらもそれに合わせ臨戦態勢で部屋を出ようとしたのだが、入口の前に立ちはだかったみくるにそれを制された。


 「あの女が、梨々香を拉致した張本人なんでしょ?」

 背を向けたままみくるは聞いてくる。

 「そうや。梨々香ちゃんさらったんは、溝畑と乙村の2人や」


 上条が背中越しにそう答えると、みくるは怒りを抑えるように肩を震わせ、そして小さく振り返った。

 「あの女は私が倒すから、圭介は手を出さないでっ!」

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