†chapter18 ワンヒットの法則16
『幻術』の能力で溝畑の姿に化けた裕太の後に続き、3階への階段を上る上条とみくる。みくるの持つ『千里眼』の能力によれば、このフロアにあるVIPルームに朝比奈雄二郎がいるはずだった。
上りきったところで足を止める3人。VIPルームの場所はすぐにわかった。そのフロアで個室状になっている所は、1つしかなかったからだ。そしてその部屋の前には、黒いドレスを着たショートボブの女が立っている。ゴスロリ衣装ではなく、通常のパーティードレスだ。彼女はスマートフォンをいじっているため、こちらに気付いていない。
「あいつは何や? 1人だけまともな格好しとるやん」
クラブにおいて、パーティードレスを着るのがまともなのかどうかはわからないが、少なくとも今までいた人間の中では普通の衣装を着ているように上条は思えた。
「クラウンじゃないみたいだから、多分クレストガールズの誰かじゃないかしら」みくるは言う。
クレストガールズとは夢魔において、クラウンと呼ばれる幹部の側近を務めるメンバーのことだ。
「ほう、溝畑の側近か。それやったら話が早いやん」
裕太に向かって、あいつに話しかけてみろと顎で指示をだす上条。しかし裕太は、顔をしかめながら首を横に振った。
「ちょっと待て。あいつは僕の側近なんだろ? せめて名前くらいわかってないとまずいだろ」
確かに裕太の主張は正しい。上条はすぐさま黒ドレスの女を強く睨みつけた。『暴露』の能力で彼女の情報を暴くためだ。
「わかったで、あいつの名前は乙村香織。『デコイ』とかいう能力を持っとる。溝畑には下の名前で呼ばれてるみたいやな」
胡散臭いといった表情で上条を見る裕太。
「本当だな? 嘘だったら、許さないからな」
「ホンマやて。そもそも嘘をつくメリットがあらへん」
そう言ったのだが、裕太の表情はいまいち釈然としない。まあ、この暴露の能力は、中々他人に理解して貰えないことが多いので、別段気にもしていないのだが。
軽く咳払いをしてVIPルームに近づいていく裕太。上条とみくるも1歩遅れて、その後についていく。
「んだよ、青学前って!? 何だそんなとこに居んだ、全くっ!!」
スマートフォンを見ていた乙村が、コケティッシュな顔に似合わない低い唸り声を上げる。それに驚いた裕太が「うわっ!」と声を上げると、こちらの存在に気付いた乙村が、それより大きい声で「うぉわっ!!」と叫び返した。
「お、お疲れ、香織」
気を取り直し、とりあえず月並みな挨拶をする溝畑の姿をした裕太。乙村は少し目を泳がせながらも、冷静さを取り戻すように1つ深呼吸した。
「い、意外と早かったんですねエレナさん。今、青山学院の前だってきてたから……」
乙村は左手に持ったスマートフォンをかざした。これはタイミングが悪かった。青学前がどうのとか言っていたのは、溝畑本人からの連絡だったようだ。
「私のスマホ、このところ調子悪いから送信が遅れたみたいね」上手く誤魔化そうする裕太。
「あー、わかりますぅ。私のも、最近凄い重いんですよぉ」
へりくだった口調でそれに同意する乙村。彼女も溝畑に対する先程の暴言に、気まずさを感じているようだ。
これは強気でいった方が良いのではないだろうか? 背後から裕太の背中を後押しする上条。その様子に気付いた乙村が、ギョッとしたように目を見開いた。
「お、男!? 何で男なんて連れてるんですか? エレナさんも、男嫌いですよね?」
突然のカミングアウトで溝畑エレナ、レズビアン疑惑が浮上。しかも「エレナさんも」って言ったけど、これってどういうこと? 渋谷はややこしい人間が多すぎる。
「げ、下僕よ。この男は」
必死に取り繕おうとする裕太。頑張れ、お前はセクシャルマイノリティの扱いに慣れているはずや。
「こんな害虫を下僕にしてあげるなんて、どんだけ慈悲深いんですかエレナさん……」
ねじ曲がった解釈で溝畑の優しさに触れた乙村は、全然泣いてないのに目頭を押さえた。どうも、小芝居好きな女らしい。
一方、害虫扱いされた上条は軽く憤りを覚えてはいたものの、話を円滑に進めるため平静さを保った。
「ところでヒナ先輩の様子はどうなんや?」
「はあ? ヒナ?」
語尾を上げて、疑問形を強調する乙村。だがその直後、乙村の顔はみるみる青褪めていった。
「確かにどっかで見たことあると思ってたんだけど、もしかしてあのおっさん、朝比奈雄二郎なの……?」
「どうしたって言うの?」
溝畑の姿をした裕太の問い掛けに、乙村は狼狽しながら説明する。
「知らないんですか? 朝比奈雄二郎って今、千尋さんがめちゃくちゃハマってるロックバンド『FAKE LOTUS』のプロデューサーですよっ!」
「えっ、FAKE LOTUSのプロデューサー!?」
それに関しては知っているはずなのに、大袈裟に驚いてみせる裕太。狐と狸の化かし合いのような、小芝居の応酬。だがそんな中、上条は芝居抜きで実際に目が点になっていた。驚くべき部分が他にもあったのだ。
「なあ。今言うた千尋さんって、あの松岡千尋のことか?」




