†chapter18 ワンヒットの法則15
建物内であるにも関わらず、小さなレースの日傘を差した女が目の前を通り過ぎていく。上条は、若干目を泳がせながら辺りを窺った。視界に入る人間が、全てゴスロリ衣装という異常な状態。しかし、ここまで全員がそのような格好をしていると、むしろ普通の服装をしている自分たちの方が何故だか恥ずかしく感じられるのだから不思議なものだ。
上条は前を歩く溝畑エレナの姿をした裕太をチラリと見やる。彼は正体がばれることを恐れていないのか、実に堂々とした姿でカウンターの横を通り過ぎていった。
それと共にざわざわと色めきだす女たち。ロシアとのハーフである溝畑の容姿を羨んでいるような囁きがあちこちから聞こえてくるのだが、それを聞いている裕太が僅かに恍惚とした表情を浮かべていることを上条は見逃さなかった。このガキ、他人に化けただけなのに、美しいと褒められることに喜びを感じているようだ。もしかすると、そっちの気があるのかもしれない。
そんな裕太を先頭に、3人は階段のある対角線上のコーナーに歩を進める。彼らが向かっているのは朝比奈雄二郎がいるはずの3階VIPルームだ。
「あっ、エレナさん!」
階段に上ろうと足をかけたその時、上から声が聞こえてきたので上条と裕太は顔を上げた。2階にはメイドのようなエプロンドレスを着た3人の女がいる。
「ヤバイな。声掛けられた……」裕太が小声で呟く。
エプロンドレスの女たちは静かに頭を下げ、笑みを浮かべている。独特の濃いメイクだったので、一瞬気が付かなかったが、よく見てみるとそれは駅前で藤崎に因縁をつけてきたあの伊丹たちだった。
「ああ、あいつらあれや、梨々香ちゃんのこといじめとった張本人やで」
「なんだと……」
そう呟くと同時に、裕太の身体から怒りを具現化したような炎が舞い上がった。
「キャーッ!!」
階上にいる伊丹とその仲間は激しく動揺した。それはそうだろう。挨拶をした直後、その人物が突然自然発火してしまったのだから。
慌てて炎に触れ、その幻術をかき消す上条。
「今暴れるとややこしなるからやめとけや! 梨々香ちゃんのこと助けられへんようになるで」
それに対し、不貞腐れた態度をとる裕太。「なら、どうすればいいっていうんだ?」
「まあ、一旦落ち着け。こっちにも考えがあるんや」
そう後ろから囁く上条。裕太も素直にその主張を聞いた。
「……そんなんで本当にあいつらにダメージが与えられるのか?」
「ああ、効果はてき面やで」
上条は親指を立てて大袈裟にアピールするが、裕太はいまいち腑に落ちない様子だ。
「わかったよ。お前は変な能力を持ってるみたいだし、たまには信じてやってもいい」
裕太はそう言って階段を上っていくと、尻もちをついている伊丹の前まで歩を進めた。
「ひ、火は? 大丈夫だったんですか、エレナさん?」
「何が?」おもいっきり燃えている姿を見られたのに平然とすっとぼける裕太。大した度胸だ。ガキのくせに心臓に毛が生えているのかもしれない。
「それよりあなたたち、その衣装可愛いわね。凄く似合ってる」
溝畑の姿をした裕太に褒められ、目がうるうると輝く伊丹とその仲間たち。慕っている様子がこちらにも伝わってくる。
「折角だから、記念撮影しましょ」
裕太が言うと、伊丹は「はい。光栄です!」と即答する。
上条のことを手招きをし「悪いけど写真撮ってくれる」と言ってくる裕太。伊丹たちは夢中になっているせいか、1度会っている上条のことに、まるで気付いていないようだった。少し悲しい気もするが、まあ良いだろう。
ポケットからスマートフォンを取り出した上条は、裕太に言われた通りメイド服姿の伊丹たちを写真に収めた。というか、ここまでは上条の計画通りなのだ。
「それじゃ、また困ったことがあったら何でも言いなさい」
伊丹たちに手を振り、更に上の階へ続く階段に向かう裕太。
「はい! ありがとうございます、エレナさん!」
柔らかな身のこなしで階段を上っていく裕太。さっきから見ていると、彼はどうも女性的な振る舞いに慣れているようだ。恐らく女性に化けたのも、1度や2度じゃないのだろう。
上条はそんな裕太の将来を案じながら、粛々と後に続き3階へ続く階段を上っていった。