†chapter18 ワンヒットの法則14
背後からやってきた溝畑は、真っすぐ前を向いたまま上条とみくるの間を通り過ぎていく。彼女の首の辺りから花のように甘い香水の香りが漂ってきた。
「揉め事?」
くっきりとしたアイラインが特徴的な溝畑の目が、大男を捕らえる。
「いえ、問題はありません」完全に揉めていたはずだが、溝畑の前で大男ははっきりとそう答えた。
「ならいいわ」
そう言い残すと、溝畑はこちらには目もくれず正門を通り敷地内に入っていく。
「ねえ。圭介がぐだぐだしてるから、あの女、帰ってきちゃったじゃない」
上条の耳元で怒りをぶちまけるみくる。だが彼女が帰ってきたことは、自分たちにとってそれほど悪い展開でもないということに上条は気が付いていた。何故なら、目の前にいる溝畑は本物ではなかったからだ。
「なあ、溝畑!」
上条が呼び掛けると、溝畑は黙ったまま足を止めた。
「俺らも店ん中、入ってええか?」
そう言われゆっくりと振り返る溝畑。「好きにすればいいわ」
その言葉を聞き片方の眉が上がる大男。だが上条が得意気に視線を合わせると、すぐに不機嫌そうな表情に戻ってしまった。
「お前ら、オーガナイザーの知り合いだったのか……?」
大男は少し躊躇った後、左手を上げると親指を建物の方に向けた。入って良いということらしい。
目を丸くするみくる。「どういうことなの?」
「ええから、ええから」
上条はみくるの手を引き、大男の横を通り過ぎる。
「なら僕も入らせて貰うぞ」
横にいた四月一日もついでに入ってこようとしたが、大男は身体で門を塞ぎそれを阻止した。
「ちょっと待て! 何で僕だけ駄目なんだ!」
正門の前で騒ぐ四月一日に対し、上条は申し訳なさそうに手を合わせる。
「ここはクラブやから、未成年の方はごめんやで」
「おかしいだろっ! 僕はお前より年上で格上なんだからな! おい、聞いてるのかっ!!」
叫ぶ四月一日はとりあえず無視して、建物の中に入って行く上条とみくる。フロント前のエントランスでは溝畑が不遜な態度で待ち構えていた。
「いやー、助かったで。やっぱり持つべきものは友達やな」
上条は先程同様、気安く話しかける。しかし溝畑は、それに対して不機嫌そうに口を歪めた。
「調子の良いこと言うな。結局僕がいなかったら、店の中に入ることすらできなかったんじゃないのか?」
「ホンマやな。すまんすまん」
そんなやり取りを見ていたみくるは、何かに気付いたように口を開いた。
「もしかしてあんた、魔術師なの?」
みくるが手を伸ばすと、溝畑はそれを慌てて避けた。
「おっと、触るなよ。僕の幻術は、疑いを持った人間に触れられた瞬間、夢から覚めるように解けちゃうからな」
そう。この溝畑は裕太が幻術を使って化けたものだったのだ。外国人風の外見に加え、ボクっ娘という謎の萌え要素もプラス。属性の付き過ぎでキャラがこんがらがってしまっているのは、御愛嬌ということにしておこう。
「まあ、僕もここまで上手くいくとは思わなかったけどな」
溝畑の姿をした裕太がそのままフロントの前に行くと、受付スタッフは薄く笑みを浮かべ会釈した。特にIDチェックも、荷物チェックもない。ここでの溝畑はVIP待遇のようだ。上条とみくるも裕太の後に続き、悠々とフロントを素通りする。
扉を潜り薄暗く細長いアプローチを歩く3人。
「しかし裕太、溝畑のことなんてよう知っとったなぁ」
上条が言うと、裕太は溝畑の姿をした己の事を指差した。
「丁度交差点のところで、この猫みたいな女が別な女を追いかけまわしててさぁ。そしたら近くにいた誰かが、夢魔の幹部がどうたらこうたら言ってたから、多分こいつがそうなんだなと思って利用したってわけだよ。しかし、さっきもオーガなんちゃらって言われたけど、こいつそんなに偉い奴だったのか?」
「オーガナイザー。つまり溝畑がこのイベントの主催者ってことじゃない?」みくるがその言葉を説明する。
「イベントって、ゴシック&ロリータナイトやったっけ? さすが夢魔の幹部様ともなると金持ってんねんなぁ」
ため息をつき廊下を抜けると、今度は比較的明るいスペースに出た。中央にアイランドキッチンのように独立した、大きなバーカウンターのある。ドリンクを提供しているところのようだ。カウンターの前には沢山の若い女が並んでいる。
「な、何だこいつら?」
前を歩いていた裕太が急に尻込んだ。というのも、そこにいた女たちが皆、フリルやレースがあしらわれた甘美なドレスを身に纏い、病人のような濃いアイシャドウに極端に白いファンデーションをいう非日常的な装いをしていたからだ。
「なるほど、これがゴシック&ロリータナイトか。夢魔の連中は、おもろいことしとるなぁ」
背後から覗き込んだ上条は、対して面白くもないような顔でそう呟いた。




