†chapter18 ワンヒットの法則12
道玄坂下の三叉路。駅から向かって正面にあるSHIBUYA109の左の道を直進する。目的の場所は円山町、Club Sanctuary。道玄坂上交番前の交差点を右折したところに、そのクラブはある。
「けど、魔術師連れて行かなくてよかったの?」
横を歩くみくるに不意にそう聞かれ、上条は煽るように「はあ?」と聞き返してしまった。そのためか、みくるは仏頂面で睨み返してくる。
「あの子の能力があれば色々役に立ちそうでしょ」
「ああ、確かにそうかもしれんけど、裕太は未成年やからクラブには入られへんやろ」
「いや、それを言ったら、あたしもまだ19だから」
みくるは自分の胸に手を当てて言う。正論を言ったつもりだったが、発言はそのままブーメランのように返ってきた。
「ま、まあ、みくるちゃんは大人びてるから大丈夫やって」
お茶を濁してしまった上条は、何かを誤魔化すように鼻をすすった。気付けば、すっかり肌寒い季節になったものだ。
「後、言い忘れてたんだけど、1つ面倒なことがあるのよ」
みくるの言葉に、上条は鼻の頭を掻きながら振り向いた。彼女は真剣な眼差しでこちらを見ている。
「朝比奈雄二郎のいるVIPルームがある同じフロアに、夢魔の幹部、溝畑エレナがいたの」
「溝畑って、ロシア人ハーフの猫人間やっけ?」
上条はその名に覚えがあった。夢魔の中でも、クラウンと呼ばれる4人の幹部の1人。
「そう。『ハーフキャット』の能力を持った亜人系亜種。身体能力が高いから、戦うとしたら中々面倒な相手よ」
「そもそも、女相手に喧嘩するんはちょっと嫌やなぁ」
上条はその言葉と共にため息を1つして空を見上げる。すると丁度その時、坂の上の方から来た何匹かの鴉が、「アーッ! アーッ!」と発しながら並木道の上を勢いよく飛んでいった。
「日も暮れとるいうのに、鴉は元気やな」
ただ元気なのは鴉だけではなかった。その鴉を追うように、前方から2人の若い女が全速力で走ってくる。前を走るのはヒッピーバンドを頭に着けたソバージュヘアーの女。必死の形相だ。そしてそれを追うように走るのは、ブロンド髪で大きめのニットセーターを着た外国人風の女。
「ほんとにしつこい女ねっ!」
ヒッピーバンドの女が意を決したように振り返ると、先行してた2羽の鴉が急激に旋回して外国人風の女に突っ込んでいった。
「ウニャーッ!!」
外国人風の女は激しく威嚇する。すると2羽の鴉は方向を変え、あっという間に街路樹の上に逃げていってしまった。
「全く、役に立たない子たちねっ!」
憤然とした態度でそう吐き捨てると、ヒッピーバンドの女は再び渋谷駅の方角に駆けだした。外国人風の女は目を爛々と輝かせその後を追いかける。
「もしかしてあの女って、溝畑か?」
上条は言った。よく見るとその外国人風の女は、さっきまで話をしていた夢魔幹部の溝畑エレナだった。正に噂をすれば影。
「そうみたいね。で、逃げてるの方はB-SIDEの西野かれんだったわ」
「西野……? ああ、鳥を操るとかいう女か」
追われているのは、どうやら『鳥狩』の能力を持つB-SIDEの女幹部、西野かれんのようだ。猫と鳥のパワーバランスが、如実に表れている。
道玄坂を駆け下りていく西野が指笛を鳴らした。街路樹から無数の鴉がバタバタと現れ、西野に向かって飛んでいく。
何をする気だろうか? 上条とみくるが見守る中、現れた鴉たちは次々と西野の背中に集まっていく。
鴉たちが暴走してしまったのかと思ったのも束の間、背に鴉を乗せた西野はその場で驚くほどの跳躍力を見せ、そのままSHIBUYA109、2階テラス部分に飛び移った。鴉たちの翼の羽ばたきを利用して、高く飛び上がったようだ。
瞳孔を大きくする溝畑。少々面食らったようだが、彼女もすぐに建物の壁を利用した三角飛びでテラス部分に駆け上がり、西野の後を追っていった。さすがは亜人。人間離れした身体能力。
「女の喧嘩は恐ろしいな。あんなもん獣の狩りやんか」
上条がそう批判すると、みくるはすぐに反論してきた。
「いや、ただ単にあの女がガチの獣なだけでしょ。っていうかあの女がここにいるっていうことは、うちらにとって好都合じゃない。とっととSanctuaryに行きましょ」
早足で道玄坂を上るみくるの後を、上条は駆け足でついて行く。
「ホンマやな。今日ばかりはB-SIDEさんに感謝やで」
急ぎ足で歩いていくその背後から、再び「ウニャーッ!!」という溝畑の鳴き声が遠くから聞こえてきた。