†chapter18 ワンヒットの法則09
キモい奴を追いかけていく雫を見届けた上条とみくるの2人は、昨日藤崎が歌っていた駅前の高架下までやってきていた。
「いないじゃん」
辿り着くなり、みくるはそう呟いた。そこは普段からよくアマチュアのミュージシャンが演奏を披露している場所なのだが、今日は珍しく誰もいないようだった。
「今日は学校休んどる言うとったから、やっぱりここにもおらへんか。まあ、具合が悪いんならかすみ園で寝とるんやろな」
無駄足だったと踵を返したその時、誰もいなかったはずの背後から急に男の声が聞こえてきた。
「おい、坊主頭。お前、朝比奈雄二郎がここで歌ってるの見たことあるか?」
ぎょっとした上条が振り返る。しかしそこには誰もいない。まさか透明人間の亜種か? 高架下に緊迫した空気流れる。
「誰やねん、姿見せろやっ!」
「いや、ふざけんなよ! ここにいるだろ!」
その声は若干下の方から聞こえてきた。視線を下げると、道の脇で紺色のスーツを着た小男が屈んでいることに気付いた。それは警視庁捜査一課の四月一日だった。
「何や、わたぬーやんか。全然気付かへんかったわ。相変わらず、ちっちゃいんやな」
「大人に向かってちっちゃい言うな! 人の短所をいじって笑いに変えようとするのは、関西人の致命的な欠点だぞ!」
両方の拳を掲げ、憤る四月一日。何故彼はいつもしゃがんだ状態で我々の前に登場するのだろう? 声は聞こえるけど姿は見えないというネタが常態化してしまっている。
「まあ、そんなに怒んなくてもええやんか。それより、こんなところで何しとるん?」
上条がそう聞くや否や、四月一日は勢いよく立ち上がった。
「仕事に決まってるだろ。年中遊んでるお前らと一緒にするな」
年中遊んでいるとは心外だが、まあ否定するほど間違ったことを言っているわけではないので今回はスルーする。
「ふーん、大事件でもあったんか? というか、貞清さんはもう警視庁に戻ったんやっけ?」
「うむ、よく知ってるじゃないか。けど後任の人間がどういう訳かまだ来てなくて、仕方なく捜査一課の優秀な僕が渋谷くんだりまで出張って来たわけだ」
四月一日は警察としての威厳を保とうとしているのか、腕を組んだまま大きく股を開き不遜な態度でそう言った。だが悲しいことに、その行為が返って身体が小さいことをまざまざとアピールしてしまっているのだから、何とも皮肉なものだ。
「この人、警察なの?」
みくるのその言葉に反応し視線を向ける四月一日。ただみくるは平均的な女性の身長よりも大きいため、背の低い四月一日は必然的に見上げるような姿勢になってしまう。
「おい、娘。背が高くていい気になってるようだが、そのヒールの高い靴を脱いだら僕と身長対して変わらないからな」
確かにみくるはヒールの高いブーツを履いている。だがそれを脱いだところで、2人の身長が同じになるということは残念ながらないと思われる。
「いや、いい気にはなってないけど……、ていうかブーツのせいじゃなくない?」
「負けを認めたくない気持ちもわからなくはないが、これ以上続けてもみっともないだけだ。この話はこれで終わりにしよう」
四月一日はみくるから視線を反らすと、一方的に勝利宣言して話を締めた。みくるに口喧嘩で勝ったことない上条は、そのやり取りに計らずも感心してしまった。
「何なのこの人? 警察官とかありえないでしょ」
「口を慎みたまえ。僕は失踪事件を解決するためにやってきた警視庁の人間だぞ」
四月一日はこれが証拠だと言わんばかりに警察手帳を掲げる。眉をひそめそれを覗き込むみくる。だが手帳の内容を目の当たりにすると、その眼差しに更に疑念の思いが強く現れた。
「それ、おもろいやろ。四月一日と書いて、わたぬきと読むんやって」
上条が言うと、みくるは驚いた様子で警察手帳に記された名前を2度見する。
「エイプリルフール、ヤバイ! 絶対に嘘じゃん!」
「嘘じゃない! 警察手帳に偽名を載せる警察官が何処にいるんだ!」
顔を真っ赤にして怒る四月一日。しかしそんなことはお構いなしに、文字通り腹を抱えて笑うみくる。
「何それ、ウケる! っていうか誕生日はいつなの?」
「うるさい娘だな。誕生日は3月だよ!」
四月一日が吐き捨てるように言うと、みくるは腹を押さえ遂には崩れ落ちた。
「あ、後、1か月じゃん。空気読んで生まれてこいよ……。くっくっくくく……」
もう何を言っても面白くなってしまうようだ。箸が転がってもおかしい年頃。それが10代だ。
「くそっ、僕はお前たちみたいな低俗な人間の相手をしている程暇じゃないんだ! 職務があるのでこれで失礼する!」
四月一日は小さな身体で足音を大きく立てながらその場を去って行った。