†chapter18 ワンヒットの法則05
「あー、ホントにイライラする! 何なのよあのビッチ、ビッチ、くそビッチの3人組はっ!!」
伊丹たちはその場からいなくなったのだが、それでもまだ瀬戸口の苛立ちは止まることはなかった。
「あの、ごめんなさい。私のせいで、瀬戸口さんが伊丹さんたちに目をつけられちゃったよね……?」
非常に申し訳なさそうに小さく口を開く藤崎。それを言われた瀬戸口は、釣り上がった目で藤崎のことを睨みつけた。
「はあ? あんた藤崎のくせに、何ウチらに余計な気ぃ使ってんのよ!」
「けど、あの子たちを敵に回すと……」
藤崎は更に恐縮し、声が小さくなる。伊丹たちの日頃の行いが、何となく見えてきた。学校で陰湿ないじめでもしているのだろう。だが、瀬戸口はそんなことに怯む女ではなかった。
「言っとくけどさぁ、ウチらは伊丹たちなんか端から眼中にないから!」
そう宣言されてもまだ困惑してしまっている藤崎に、逆月が優しく声を掛ける。
「あのね、私たち『ALICE』は結成当初から『夢魔』上等でやってきてるから、気にしなくていいよ。遅かれ早かれ、こういうことにはなっていただろうし」
現在の状況を考えると、ここ渋谷は近いうちに大きな戦争に発展するだろう。そうなれば、ガールズモッブ同士の戦いも避けることはできなくなるのだ。
「ちょっと待って! 気にしなくて良いことないわよっ。あんたのせいで、ウチまでアイドル目指してると思われたんだからねっ! この責任はどう取ってくれるのよっ!」
伊丹たちがいた時は擁護していた瀬戸口なのだが、いなくなった途端に今度は藤崎に喰ってかかる。瀬戸口のツンデレはツンの要素が少々強めだ。
「まあまあ、ええやんけ。あいつらも本気でそう思ってるわけちゃうやろ。っていうかあいつら、同級生だったんやな。さすがに夢魔の会員は、高校生でも大人びとるわ」
上条がそう口を挟むと、瀬戸口の怒りのベクトルが再び伊丹たちに向けられた。
「はぁ? 大人びてる? 量産型女子大生のコスプレしてるだけでしょ。あいつら『キャンディガールズ』は脳味噌カラッポだから、女子高生のブランド価値ってもんが理解できてないのよ!」
上条に詰め寄る瀬戸口。さすがに困ってしまったので拓人に視線を送り助けを求めたのだが、どういうわけか彼は首を捻ったまま上の空だ。おい、しっかりしろ、相方。
「ところで、キャンディガールズって何だ?」
不意に拓人が口を開く。彼はその言葉が気になっていたようだ。確かにそれは、渋谷に精通していなければわからない情報である。
「キャンディガールズってのは、夢魔の1番下っ端のグループの名前だよ!」
瀬戸口が吠える。彼女の意識は上条から拓人に移ったようだ。ナイス、拓人。これは完全に結果オーライだ。
「せやねん。夢魔はでっかい組織やから、メンバーがしっかりランクでわけられとるんや」
瀬戸口から解放された上条は、かい摘んでその制度について説明する。
夢魔は渋谷に存在するガールズモッブの中でも最大の組織で、会員と呼ばれるメンバーはピラミッド型の階級制度でわけられている。筆頭にいるのが代表の松岡千尋。その下に『クラウン』と呼ばれる幹部が4人、その幹部の側近を務める『クレストガールズ』、一般会員の『ファーストガールズ』、そして未成年が中心の準会員『キャンディガールズ』という5段構造になっている。
「ふーん。それじゃさっきの奴らは、夢魔とかいうチームの中では最下層の会員なんだな」
納得した拓人は1人コクリと頷くと、それを見た瀬戸口が拓人のことを両手で指差した。
「そうよ! その最下層のあいつらが、クラスの中ではAランク面してるからホント腹が立つのよっ!」
やはり伊丹たちは、クラスの中で上位層として君臨しているようだ。
「夢魔もそうやけど、学校の中でも未だに階級制度があったりすんやなぁ」
上条が学生の頃を思い出ししみじみ語ると、振り返った瀬戸口が烈火の如くキレだした。
「バッカじゃないの? あるに決まってるでしょ。社会の制度と一緒で、こういうのくだらないものこそ、いつまでも残ってるものなのよ! まあウチらはアウトオブヒエラルキーだから関係ないけどね」
自分たちはアウトオブヒエラルキーだと瀬戸口は言う。それは学校内でどういう位置にいる人種なのだろう? 何となく腫れもの扱いされている気がしてしまうのは、こちらの偏見だろうか?
「階級制度から外れても学校生活は送れるんやな」上条はやんわりと聞いてみた。
「そんなもの、実力行使で何とかなるわ。今どき、あんな身も蓋もない差別制度続けてるのは土人くらいなもんよ。賢い現代人のすることじゃないわ!」
ALICEというガールズモッブは絶滅危惧種のギャル系チームだから、きっと差別や偏見が嫌いなのだろう。ただ、彼女は自分の発言の中に差別用語が含まれていたことに気付いているのだろうか? それこそ身も蓋もないブラックジョークのせいで、折角の良い話が台無しになってしまっている。
「ようわからんけど、階級制度を無くそうと働きかけとるんかな? 大したもんやで」
「うっさいわね、そんなつもりじゃないわよ。好きでもない連中と人間関係作るより、気の合う仲間と遊んでる方がウチらは性に合ってるだけだから」
瀬戸口がそう言って逆月に目を向けると、彼女もそれに同調するように目配せをする。恰好だけ見たら、世間の人間は金髪に豹柄のストールを巻くという派手な身なりのこの連中を蔑んだ目で見ているかもしれないが、上条は少なくとも先程の伊丹たちのような女より好感が持てるような気がしていた。
「いいや。そうは言うても、さっきの奴らと違って曲がりなりにもチームのリーダーやっとるんやから、実際たいしたもんやで瀬戸口は」
「うっさいわねっ! だから曲がってないって言ってるでしょ!」
瀬戸口は顔を真っ赤にして、そう言い返してきた。