†chapter18 ワンヒットの法則03
「あんたらのせいで、昨日も佐伯くんに逃げられたじゃない! この責任どう取ってくれるわけ、マジで?」
上条と拓人は昨日に引き続き、今日もまたJR渋谷駅近辺を歩いていたのだが、道玄坂の入口でうっかり『ALICE』のリーダー、瀬戸口に出会ったしまったのだ。ちなみにその3歩後ろには同メンバーの逆月つかさが居り、困惑した様子で立ち尽くしてしまっている。
「そうか、そらすまんかったなぁ」
上条は上辺だけの謝罪を口にすると、それに対し瀬戸口が食い気味でつっこみを入れた。
「おい、関西弁! あんたの住んでた地方には感情って言葉がないの?」
そう言われても、実際に罪の意識がないのだから、謝罪に感情が籠らないのも仕方がないことである。
「男って人種は何でこうも無神経な人間ばかりなのかしら? ホント信じられない」
瀬戸口は頬を膨らませると、苛ついた様子でその場から離れていった。代わりに、遠巻きに見ていた逆月がこちらにやってくる。
「あなたたちは恩人なのに、ほんとにごめんなさい」
逆月は眉を八の字にして深く頭を下げる。成程、謝罪とはこうあるべきなのだなと、1つ勉強する。
「瀬戸口の奴、情緒不安定やな。何かあったんか?」
上条は背中を向けている瀬戸口に目を向ける。彼女は大きく息を吸うと、それをため息として一気に吐き出した。
「グッチは恋をしちゃったみたい。あの子、1度人を好きになると周りのこととか全然見えなくなっちゃう性格なのよ」
「瀬戸口が恋ぃ!?」
思わず拓人が声を荒げる。すると瀬戸口は怨めしそうな顔でこちらに振り返り、そしてため息と共にまた背中を向けた。駄目だ。これは重症かもしれない。
「恋ってまさか、あの佐伯にか? 前に会った時ボロクソに文句言ってただろ?」と拓人。
「いや、私も他の仲間にその話聞いたけど、何だか代々木体育館の事件の後にはもうあの人のことが好きになってたみたい……」
「ふーん、恋は盲目言うやつやな」
上条がそう言うと、皆で瀬戸口の背中に視線を動かした。
「ああ、あの赤い葉っぱが全て落ちてしまったら、ウチの恋は終わりを迎えるんだわ……」
瀬戸口は、ほぼ落葉してしまったケヤキの街路樹を見上げそう呟く。センチメンタリズムが暴走しているようだ。意味がわからない。
「まあまあそうは言うても、昨日の場所にいったら佐伯も居るかもしれんやんか」
上条が適当に励ますと、物思いに沈んでいた瀬戸口の顔が急に明るくなった。
「ホントに?」
感情の起伏がジャットコースター程に激しい。絡むとしんどいが、放っておくと何をしでかすかわからなそうだ。
「せやで。佐伯は見た感じ相当な草食系男子やから、女性の方からガンガンアプローチした方がええと思うわ」
上条がまた適当にアドバイスを送ると、何を想像したのか瀬戸口は顔を真っ赤にして身をよじらせた。
「そう。佐伯くんったら草食系なのに、夜になると狼になるのよぉぉおおお」
恐らく佐伯の持つ『人狼』の能力のことを言っているのだろうが、完全に狼の意味を履き違えている気がする。女子って正直恐ろしい。
瀬戸口の迷走トークをいなしつつ4人は、JRと私鉄を繋ぐ高架の下に向かって移動する。そこが昨日、佐伯と会った場所であり、朝比奈雄二郎がへたな歌を披露していたところだ。
近づくにつれ、また歌声が聞こえてくる。だがそれは朝比奈の歌声ではなく、若い女性のものだった。
「さすがに昨日の今日やし、ヒナ先輩は来てへんか……」
上条はそう言って何気なく後ろに振り返ると、何故か瀬戸口の顔が大きく歪んでいた。
「どうしたんや瀬戸口? 顔がねじ曲がっとるで」
「うっさいわね、関西弁! ねじ曲がってなんかないわよ!」
瀬戸口はそう言いながらも、両手で頬を押さえ歪んだ顔を修正する。
すると後ろにいた逆月が背伸びをして奥に目を向けた。
「あっ、あれグッチのクラスメイトの子じゃない?」
その言葉を受け、上条と拓人が振り返る。視線の先には露出の多いフリフリの衣装を着た少女が1人、誰も観客がいない状態でステップを踏みながら歌っていた。
「あのローカルアイドルみたいな子、瀬戸口のクラスメイトなん?」
上条が聞くと、瀬戸口はまた苛立ったように眉をひそめた。
「悪かったわね。地下アイドルが同級生で!」
「いや、悪いとは言ってないやん。可愛らしい子やし」
「はぁ? あんな田舎の中学生みたいな女のどこが可愛いのよ!」
瀬戸口は強い口調で言う。あまりその女の子のことが好きではないようだ。
「田舎の中学生ねえ……」
確かに派手な衣装に誤魔化されているが、透明感のあるその顔は今どきの高校生にしてはまだ幼さが残る。まあ、ファッションモデルや女優ではなくアイドルなのだから、幼い顔の方がもしかしたら需要があるのかもしれない。
「っていうか藤崎の奴、何でこんなことで歌ってんのよ。見てるこっちが恥ずかしくなるわ」
瀬戸口は嫌悪感を丸出しにして恨みごとを吐いたのだが、それはポップなアイドルソングによって浄化されるようにどこかに消えていった。




