†chapter17 幻想のウィザード18
魔術師が走り去った後、拓人はやれやれと肩を下ろした。
「圭介くん、腕大丈夫か?」
振り返ると、腕まくりした上条がしかめっ面で「うー」と唸った。右腕の傷口から未だ血がぽたぽたと流れている。縫合が必要な状態かもしれない。
「とりあえず俺は大丈夫やけど、魔術師の奴何しでかすかわからんから、追いかけた方がええかもしれへんな」
上条に言われ、拓人は眉根を寄せた。確かに刃物を持った精神異常者をこのまま野放しにしておくわけにはいかない。
「そうだな。ちょっといって、さくっと捕まえてくる」
拓人の足元に旋風が巻き上がった。所詮子供の足だ。疾風の能力を使えば簡単に追いつくだろう。
魔術師が駆けていったJRの高架下に目を向けると、橋本が急に声を裏返らせて話しかけてきた。
「ゆ、裕太は多分、美竹公園に行ったはずです!」
「美竹公園? 何で?」
美竹公園はJRの高架下を真っすぐ進み、宮下公園の交差点を越えた先にある比較的大きな区立公園だ。
「そこで今日、物部が個人演説会を予定しているんです」
橋本は血の気の失った顔でそう言う。拓人の脳裏にも最悪の事態が思い浮かぶ。
「マジか……」
そう呟いた時には、もう駆けだしていた。風に乗った拓人は時速30kmを超える速度で車道を突っ走る。
高架下を潜り抜け交差する明治通りとの十字路に出ると、すぐにダッフルコートを着た魔術師の姿を発見した。交通量の多い道路の前で、魔術師は焦りを隠しきれない様子で信号を待っている。
風向きを変え少し速度を落とした拓人は、魔術師の背中を捕らえると身体ごと地面に押し倒しマウントを取った。
「もう観念しろ、魔術師!」
そう言って顔を地面に押し付けると、魔術師はギャーギャーと言葉にならない叫び声を上げた。
さてこれからこいつをどうしようか? 賞金首ではないようなので役所に突き出すわけにもいかないし、とりあえず貞清さんのところに連れて行こうか。
魔術師を押さえ込みつつそんなことを考えていると、高架下の方から上条たちが走ってきた。
「おい、拓人。何やっとんねん!」
「何って何だよ。頬っておいたら何するかわかんねえから捕まえたんだろ!」
拓人は強い力で相手の首元を押さえる。魔術師は歯ぎしりを鳴らしながら拓人のことを睨んだ。
「いや、なんでやねん! そいつ魔術師ちゃうぞ」
その上条のつっこみを聞いて、拓人は初めて己の過ちに気付いた。まさか、これも幻術か?
頭の中で疑念が生まれると同時に、押し倒していた魔術師が似ても似つかない偏屈そうな青年男性へと姿を変えた。
「えーっ!! 誰だよ、お前はっ!!」
と、拓人は言ったのだが、良く見るとそれは見覚えのある男だった。代々木体育館で出会った、わくわくファイナンスに勤める赤間という男だ。
赤間は力を解いた拓人を払いのけると、その身体を起こした。
「てめー、俺様を誰だと思ってんだ、くそがっ! 塵に塗れろ!!」
膝立ちの状態で赤間は右手を強く振る。すると辺りは砂塵が巻き上がり、目を開けることもできなくなった。これは彼の持つ『スモッグ』の能力だ。
間違えたことに関しては大変心苦しいのだが、今はこんな奴の相手をしている場合ではなかった。拓人は細く目を開けると、大きな旋風を起こし巻き上がる塵を一瞬で吹き飛ばしてみせた。目の前の視界が一気に晴れ渡る。
「赤間ちゃん、わりい。今急いでるから後でな!」
簡単に能力を跳ねのけられてしまった赤間は、顔を赤くして怒声を上げた。しかしそんなことは完全無視で、拓人は再び風に乗り青信号に変わった交差点を駆け抜けていく。
美竹公園はこの先だな……。
明治通りを越え反対側の歩道に辿り着くと同時に、拓人は背後から同じ速度でついてくる人物がいることに気付いた。一瞬、赤間かと思ったが、彼が俺の速度について来れる道理はない。それは確認するまでもなく、疾風の能力と同調した雫に違いなかった。
拓人は振り返りもせずに先の道へと疾走する。後に続く雫も一定の間隔を保ちつつ、その背中を追い道路を駆けていった。