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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter17 幻想のウィザード
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†chapter17 幻想のウィザード16

 「幻術とか、適当なこと言うな坊主頭っ!」

 憤る魔術師が声を震わせると、地響きと共に道路に無数の亀裂が入った。割れたアスファルトの欠片が重力を無視して宙に浮かぶ。拓人はこの世の終わりを思わせるその光景に、静かに息を呑んだ。


 「これも幻なんだよな……?」

 「そらそうや。こんなレベルのサイコキネシス使いがおったら、日本の治安はとうに崩壊しとるで」

 上条は膝を折り畳むと、揺れる地面にそっと手を触れた。するとその瞬間、大地の揺れは無くなりアスファルトの亀裂も消え、目の前の街は通常通りの状態へと姿を戻した。


 拓人はいつもと変わらぬ街並みを見て、大きく瞬きする。凄くリアリティのある幻だったが、こうして現実に戻されると、さっきまでのものがフェイクに過ぎなかったのだとありありと実感することができた。

 「今までのは全部幻だったのか。くだらねぇ」


 自らの能力をくだらないと評され、魔術師は忌々しそうに歯ぎしりを鳴らした。

 「違う、僕は選ばれた人間なんだ……。こんな奴らに負けるわけない」

 そう虚勢を張ったが、声の力は限りなく弱い。渋谷のストリートギャング相手に1人暴れていた魔術師も、これが年貢の納め時だろう。


 「まあ、おもろい能力かもしれんけど、相手が悪かったな。俺の能力はこの世の全てのものを暴いてしまうねん」

 上条は得意気に鼻を擦る。『暴露』の能力の本領発揮といったところだ。


 「マジで、魔法じゃねえのか?」

 氷の中から解放され、ようやく状況が飲み込めてきたマッドクルーのメンバーたちが、魔術師に視線をぶつける。同じく氷の中に閉じ込められていた雫も、魔術師の能力を悟り特殊警棒を強く握った。からくりのバレたその魔法の能力は、種を知っている手品を見せられるようなものだ。もはや何の効力も持たない。


 「大人しく負けを認めなさい、魔術師。いや、くすのき裕太」

 その時、遠くから女性の声が聞こえきた。魔術師の背後から何者かが近づいてくる。栗色のツインテール。佐藤みくるだ。


 追い詰められた魔術師は、その小さな肩を震わせている。

 「誰だお前? 何で僕の名前を知って……、真由美さんか? 真由美さんが僕のことを売ったのか?」

 話がわからない拓人はそのやりとりを黙って見つめた。真由美とは一体誰の事だろう?


 「売った? それは違うわ。真由美さんは家族のことを心配しているだけよ」

 しかしそのみくるの言葉が、魔術師の逆鱗に触れた。

 「ふざけるなっ!! 勝手に現れて家族面しやがって。母さんは死んだ。じいちゃんも、ばあちゃんも死んだ。僕には家族なんてもういないんだ!!」


 果たして、真由美というのは魔術師の親族なのだろうか? どうも家族関係が訳ありのようだ。彼が渋谷で暴れている元凶も、そこにあるのかもしれない。

 だが非常にデリケートな問題のように感じたのか、周りの人間は皆一様に口を閉じてしまった。ただ1人の人間を除いては。


 「はっきり言ってあんたの行動理念はダサいのよ!」

 みくるは魔術師の顔を力強く指差す。彼女の口と脳にはフィルターというものがついていないらしい。己の感情にとことんまっしぐらだ。


 「何も知らない人間が口を挟むな! 僕は絶望しかないこの世の中で、あの男を政治家として失脚させることだけを生き甲斐にしているんだ!」

 魔術師の小さな身体が赤い炎で包まれた。まるで己の怒りを表すかのように。


 「知ってるわ。あなたは自分を捨てた父親を今でも恨んでいるのね。けどあなたが暴れたくらいでは、あの男を政界から失脚させることはできないわ」

 みくるがそう言うと、魔術師は身動きもとらずにむっつりと押し黙った。身体に纏った炎だけがゆらゆらと揺らめいている。


 「このガキは政治家の息子なんか?」

 上条は疑問を投げかけた。確かに話を聞いていると、魔術師の父親が現役の政治家であることは間違いないようだ。


 「そうです」

 急に背後から返答が聞こえたので振り返ると、そこにはオレンジ色の傘を差した黒縁眼鏡の女性が立っていた。見覚えのある顔。そうだ、彼女はハチ公前広場と宇田川交番で会った物部雲海の秘書の橋本という名の女だ。

 「楠裕太の父親は都知事選に立候補している物部もののべ雲海うんかいという人物です」


 「物部雲海の子供……?」

 拓人は小さく首を捻る。物部雲海とはデーンシング東京支部長、物部連山れんざんの兄で、先日ハチ公前広場で演説をしていた日本平等党の党員の男だ。


 「真由美さん、やっぱり裏切ったんだな。あんただけは信じてたのに……」

 赤く燃える魔術師の顔に一筋の涙が零れた。その視線の先には秘書の女が佇んでいる。


 「真由美さんは姉として、これ以上あなたに過ちを犯してほしくないから警察に相談したのよ」

 みくるはそう言って諭した。この橋本という秘書が宇田川交番を尋ねてきた時、拓人と上条は魔術師を追いかけるためすぐに交番から出ていってしまったが、みくるはその後も貞清と共に宇田川交番に残っていた。みくるは何らかの事情を知っているようだ。


 拓人も上条も雫もマッドクルーのメンバーでさえも、静かに成り行きを見守っている。

 何でこんなことをしたのかと怒るよりも、今はこの子供が何故渋谷のストリートギャング相手に暴れていたのか? ただその理由が知りたかった。

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