†chapter5 異形のカリスマ03
その白亜の建物はギリシャ神殿のような大きな柱が等間隔で設けられ、純白の壁面は金色のライトを反射して暖色に染めている。
スキンヘッドの大男の後を追い入り口に続く短い階段を上がると、アーチ状の豪奢な木の扉がそこに現れた。蝶番が擦れる音をたてて扉が開かれると、目の前にはシャンデリアが並ぶエントランスが広がっている。
本来ならここでボディチェックなりを受けるのだろうが、今回はノーチェックでそこを素通りする。三人ともここへ来るのは初めてだったが、特に上条は渋谷にこんな大人な空間があることに驚嘆した。
奥に続く自動ドアを潜り抜けると、二階まで吹き抜けの大きなフロアが現れた。正面奥に半円を描くように作られた階段があり、その下はDJブースになっている。上を見上げると巨大なミラーボールが吊り下げられていて、その下では若者たちが思い思いダンスに興じていた。
「カジノなのにこんなスペースまであるのか?」拓人は言ったのだが、大音量のBGMに掻き消され誰にも伝わらなかった。
前を歩くスキンヘッドの大男が、こっちに来いと右手で合図する。
一人はカジノに不釣り合いな学生服の娘、もう一人は鼻にティッシュを詰めた怪しい坊主頭の男。その二人に挟まれた拓人は居心地が悪そうに目線を下げた。他人の視線が痛々しいのに加えて、何やら脳に違和感の様なものを感じる。その原因が店内に流れている高周波メビウスのせいなのか、大音量の音楽のせいなのかは今のところ判断がつかない。
すると突然フロアを照らす派手な照明が一斉に落ちた。不思議に思った上条が上を見上げると、この空間には似会わない優雅なヴァイオリンの曲が流れ出した。これはヨハン・セバスティアン・バッハの管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068第2曲アリア。通称G線上のアリアという曲だ。
なぜクラシック音楽が流れるのかと思ったが、フロアにいる客たちの間からそれを歓迎するように大きな歓声が上がった。バンッ! という音と共に階段の上にスポットライトが当たった。誰かが階段から降りて来るようだ。
階段の上から良く磨かれた光沢のある黒い革靴が姿を現すと、フロアの歓声は最高潮に達した。
「あれが琉王?」
色気のあるしなやかな足取りで階段を降りてくる金髪のその男は、漆黒のスーツを身に纏いその袖から覗く肌は透き通るように白い。色素の薄い瞳と彫りの深い顔立ちはまるで北欧人のようだが、あれで純粋な日本人らしい。
「ふーん。アルビノなんて初めて見た」
鳴りやまない歓声の中、涼しげな表情で歓声に応じるその男を、拓人はじっと見つめた。
階段を降りた琉王が上条達の目の前までやってくると、その周りが巨大な歓声に包まれた。フロアの照明が明るさを取り戻すのを見計らい、琉王はその場で深々とお辞儀をした。微かに柑橘系の香水の香りが漂ってくる。
「お待ちしていましたよ。『スターダスト』の皆さん」
自らの持つ百聞の能力で知り得たのか、琉王はまだ結成したばかりで一般には知られていないであろう上条達のチーム名を口にした。しかし実際のところ、ここにいるスターダストの正式なメンバーは上条一人だけだったのだが。
「あの琉王さん……」
意を決した上条は、ダンスフロアの上に膝をつくと勢いよくその坊主頭を下げた。
「本当にすんませんでしたっ!!」
見事な土下座だった。ドラマや映画以外でリアルに土下座をしている人を初めて見た拓人は、その潔い謝罪に感動すら覚えた。不祥事を起こした会社の経営者が、保身のためにする土下座とは一線を画している。
周りにいる客たちはその光景を不審な目で見ていたが、上条の目の前にいる琉王は人の良さそうな顔で微笑んでいる。
「上条君の言っているのは例の花火の件ですね」
上条は額を地面に付けたまま「そうやっ」と答えた。
確かに花火のせいでヘヴンはB-SIDEとの間でトラブルになったが、琉王はその花火がスターダストのチームカラーである黄色を現しているということを能力を通じて知っていたので、君たちが責任を感じることではないと語った。
「それにB-SIDEとの件は、すでに金銭で解決しましたので」
「金か、いくら掛かったの?」
土下座をしている上条を尻目に、拓人はタメ口で質問した。
「500万」琉王は拓人に視線を向けると、そう無感情に答えた。
金額を聞いた上条の顔が一気に青褪めていくのとは対照的に、琉王の顔色は全く変わらない。
「別に、その金額を君たちに請求するつもりもないですよ」
潤沢な資金を所有している琉王にとって、500万円など小銭を失う程度のことのようだ。気にもしない様子でそう言うと、右の掌を階段の上に向けた。
「とりあえずここは騒がしいので、用意しました二階の部屋にどうぞ」
極上の笑顔でそう囁くと、琉王は振り返り先程下りてきた階段を上っていった。
周りの客たちは、琉王が部屋に呼んだこの三人組が何者なのか詮索しているようだった。琉王に土下座していることからわかるように、きっと悪さをしたどこかのチンピラだろう。そんな目で上条を見ている。
視線の集まった上条は、正座を崩すとその場からゆっくり立ち上がった。
どうにか他の客がいる状況でことを済ませたかったが、生憎それは出来そうにないようだ。このまま奥の部屋に連れて行かれたら、本格的にまずいのかもしれない。
(琉王は一体何を考えてるんや……?)
何とか能力を使って琉王の真意を暴きたかったが、店内に流れるメビウスのせいで人外の能力を使うことが出来ない。
「何をしている。さっさと歩け」スキンヘッドの大男が唸る様に言った。
上条は僅かばかり躊躇したが、もう逃げられないと覚悟をきめて大人しく階段を上がっていった。