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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter17 幻想のウィザード
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†chapter17 幻想のウィザード04

 「成程、さすがに鳴瀬さんが一目置いてる男だ」三浦は言う。


 渋谷の『帝王』と呼ばれるあの鳴瀬光国が、俺のことを一目置いてる……?

 拓人が三浦に目を向けると、彼はすぐにばつが悪そうに顔をしかめた。


 「しかし、僕たちを舐め過ぎだ。折角タイマンで良いと言っているのに、正気の沙汰とは思えない」

 三浦はそれがとても残念なことであるかのように溜息をついた。メランコリックいい男。取り巻きの女たちも、それとシンクロするように吐息を漏らした。何かムカつく。

 

 「お前ら如き、1人増えようが2人増えようが関係ねぇんだよ。束になってかかってこい!」

 拓人が煽りつけると、周りから一斉に罵声が飛び交った。「殺せ!」「拉致しろっ!」などという物騒な言葉も聞こえてくる。簡単に挑発に乗ってくる単純な奴らだ。


 「お前らに捕まるほどグズじゃねえっつうの。疾風の速度を見くびるなよ!」

 啖呵と同時に大きく右腕を振った。ハチ公前広場全域に突風の渦が広がる。強い風の影響で、拓人の近くにいた人間は立つことも困難になった。

 「たかが風だ! 怯むな!」隼斗が吠える。


 彼の言う通り、たかが風かもしれない。だが、雨の飛沫しぶきが激しく飛び交い、視界を奪うには十分過ぎる効果があるのだ。後はここから悟られぬよう姿を消せば良いだけ。B-SIDEビーサイドの皆さん、御機嫌よう。


 旋風の中心で、拓人は僅かに上昇気流を起こした。周りの人間が気付かぬ内に飛び上がった拓人は、左手にある地下鉄入口の屋根の上にそっと降り立った。高所恐怖症ではあるが、この程度の高さならギリギリセーフ。下を見ないように内側に移動する。


 やがて旋風が止んできた。視界が開けると、B-SIDEメンバーは拓人が消えてしまったことに気付きだした。

 「……残念。逃げられたか」三浦は握っていた拳を弱々しく下ろした。


 拓人は屋根の上から密かに様子を窺う。川久保兄弟は苛立ったように周りに指示を出している。精々頑張って捜しに行くがいい。全員が我を忘れて捜索に出てくれれば、俺は容易にここから脱出することができるのだから。


 しかし見ていると、三浦だけはのんびりとした様子で自分で投げ捨てた傘を拾っている。先程との緊張感の落差が半端ない。彼はもしかすると、近くに潜伏してることに感づいているのではないだろうか?

 上からその表情を覗こうとしたが、傘を開いてしまったので窺うことができない。


 だが、いずれにせよ三浦は深追いするつもりはなさそうだ。指示を出している川久保兄弟のことをじっと見守っている。それならばと、拓人は他の連中が動き出す時を静かに待った。


 「俺らはセンター街を調べる!」「じゃあ、俺らは明治通りの方に行ってみる!」

 B-SIDEメンバーがそんな会話を交わしていると、突然、女の悲鳴と共に不気味な黒い影が煙のように立ち昇った。


 「えっ!?」思わず声が漏れる。

 ハチ公前広場に黒く揺らめく謎の物体が点々と広がっていった。色はおかしいが、どうやら炎のようだ。乾いた血を思わせるどす黒い炎。また『パイロキネシス』の使い手、スコーピオン犬塚の仕業かと思ったが、すぐにそれは違うと思い至った。黒い炎は燃料も何もない地面の上で、雨に打たれながらも燃え続けている。犬塚の出す炎とは色も性質も明らかに異なっていたのだ。


 人外の能力に違いはないだろうが、B-SIDEの連中が困惑している様子から、彼らが使用した能力ではないことは理解できた。息を呑み駅周辺を観察する。やがてB-SIDEメンバーの視線が地下鉄の入口に集中していることに気付き、拓人も真下を覗きこんだ。

 するとそこには、キャメル色のダッフルコートを着た人物が、ポケットに手を突っ込んで立っていた。150から160cmくらいの、子供のような身の丈。まさか、こいつの仕業だというのか?


 フードを深く被っているその子供は、身長に対してコンプレックスを抱いているかのような大きな歩幅で歩き出すと、三浦の目の前でその足を止めた。再び緊迫した空気が辺りを包む。


 ぼそぼそと三浦が口を開いた。声が小さかったため、何を言ったのかはわからない。ただそれに反応してなのか、ダッフルコートの子供がポケットから左手を出した。手のひらには黒い炎を宿している。やはりこの謎の炎はあの子供がやったことのようだ。


 「業火ごうかっ!!」子供は叫んだ。少年の声だ。

 左手の黒き炎は大きく膨らむと、うねりを上げながら三浦に襲いかかった。


 しかし三浦は『障壁』という防御系能力の使い手だ。当然、その炎を遮るように、正方形の障壁を目の前に張る。この程度の攻撃を防ぐことなど、彼にとっては造作もないことだろう。

 だが黒い炎は、どういうわけなのかその障壁を無視するように通り抜け、三浦の手元を黒く焦がした。取り巻きの女たちが悲痛な声を上げる。


 どういうことだ? 拓人には、黒い炎が障壁を貫通したように見えた。三浦は燃え移った袖を手で叩きつつ、目を白黒させている。やはり本人も動揺してしまっているようだ。障壁を無効化してしまう謎の炎。子供のようだが、危険度は犬塚より上かもしれない。


 子供は首をひねると、右手をポケットから出した。両方の手のひらに宿る黒き炎が、メラメラと揺らめいている。悪霊のようなその姿に思わず怯んでしまったかのように見えたが、三浦は奥歯を噛みしめ再び能力を発動させた。右の手のひらの中に、ガラス状の物体がぐるりと渦巻く。


 「ペンタグラムシールド!」

 三浦は五芒星型の小さな障壁を発生させた。手のひらの上でそれが激しく回転すると、彼はその五芒星をサイドスローで投げつけた。

 勢いよく回転する星型の障壁は、緩やかなカーブを描き子供の頬を掠めていく。


 直撃はしなかったが、その衝撃でダッフルコートのフードが頭から外れた。そいつの顔が露わになる。坊ちゃん刈りに大きなヘッドホンをつけた、中学生くらいの少年だ。


 「お前の目的は何なんだ、『魔術師』?」三浦は問う。


 「は!?」

 屋根の上で聞いていた拓人は、無意識に立ち上がった。魔術師。それは先日、雫が言っていた無差別にチンピラを襲っているという危険人物の通り名だ。


 魔術師と呼ばれた少年は、頬に付いた血を拭うと、苛ついた様子で腕を振り抜いた。白い煙が立ち昇ると共に青白い氷壁ひょうへきが広場を2つに分かち、三浦との間を遮った。


 「復讐だよ……」

 よこしまな笑みを浮かべると、魔術師は白煙を振りまきながら道玄坂の方角へ消えていってしまった。

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