†chapter16 綺羅星の街07
「賞金首は全部で9人だろ。鳴瀬は1番最後にするとして、誰から狙っていくつもりだ? スコーピオンか? それともさっきの八神とかいう奴のVOLTってとこか?」
ハイスツールに座り直した拓人にそう言われると、上条はあることを思い出した。
「あ、9人ちゃうわ。賞金首は全部で10人や」
上条がフィールドジャケットのポケットから1枚の折り畳んだ紙を取り出すと、何かを感じ取った雫が柄にもなく身を乗り出し覗き込んできた。
「何これ? 新しい手配ポスター?」
「せやねん。今日、区役所前で配ってたやつや。雫ちゃん、こいつのこと知っとる?」
雫はその手配ポスターをしげしげと見ている。マスクをつけた男の顔写真の下には、3種手配犯、那智秀樹と書かれていた。
「ああ、この人『暴君』だわ」
「ぼー君?」
始めは友達でも呼ぶように君付けしているのかと思ったが、すぐに暴虐な君主のことだと理解した。確かに写真に写るその顔は、暴君と呼ぶに相応しい不遜な態度である。
「『暴君』那智秀樹と言えば、数人の仲間だけで杉並区全域を制覇したっていう危険な男よ」雫が言う。
杉並区のストリートギャングを全て支配したその男が渋谷区の賞金首になっているということは、今度はその杉並最強の看板をひっさげて渋谷に殴りこんで来たということが考えられる。
「ヤバそうな奴じゃんか。どうする?」
静観していた拓人が口を開く。ただ、どうするも何もまだ情報が少なすぎる。仲間は少ないということだが、どんな人外の能力を持っているかもわからないし、強さも未知数だ。
上条は那智の手配ポスターを脇に動かした。
「こいつはとりあえず様子を見ようや。泳がしておいてお手並み拝見といこう。もしかしたら勝手にでかいチームと潰し合ってくれるかもしれんしな」
拓人もそれが良いといった感じに頷き、那智の手配ポスターを一瞥した。血走った目で強烈に笑みを浮かべるその男の顔を見れば、誰しも関わりを持ちたくないと考えるのが自然だろう。
「まあ、そうことやからこの『暴君』那智は様子を見るとして、後は鳴瀬が最後なら他は成り行きでええんちゃうかな?」
上条はざっくりとした結論で話をまとめる。
「了解」
それだけ決定すると、後は他愛もない会話をしてこの日は解散になった。
「ほんなら、みくるちゃんチェックして」
上条が席を立ち、人差し指でバッテンを作る。だがカウンターの中のみくるは、両手を差し出してそれを制した。
「お金ならいいわ。さっき透が代金余計に置いてったから、そっから出しとく」
「ほんまに?」
上条は隠しきれない喜びが表情に現れる。指で作ったバッテンも、いつの間にかダブルピースになっていた。これは無意識の出来事だ。お金の力って凄い。
「何だ、八神良い奴じゃんか」
拓人も立ち上がる。続けて雫も席を立った。
「せやな。まあ、VOLTは潰すけどな。みくるちゃん、それじゃ後はよろしくやで!」
手を挙げ合図を送ると、上条は出口の扉を開けた。薄暗い裏道に冷たい風が吹き抜ける。冬の訪れは近い。
「そう言えば賞金首ではないんだけど、最近『魔術師』って呼ばれてる子がこの辺りに出没してるのは知ってる?」
最後に店から出てきた雫が不意にそんなことを言ってきた。
「何、魔術師? 知らんなぁ。どんな奴なん?」
「うん。私も見たことはないんだけど、ここのところ渋谷にいるチンピラたちを無差別に襲ってる亜種がいて、その子がそう呼ばれてるみたい」
雫はその魔術師という人物を『その子』と呼んだ。女なのか。それともまだ子供ということなのか?
「どんな奴なん?」
上条が聞くと、雫は顔を伏せ逡巡した後ゆっくりと顔を上げた。
「変な話なんだけど、噂では魔法を使うんだって……」
「魔法っ!?」
上条と拓人は顔を見合わせる。
「ほんまに魔術師なんか? そんな人外の能力聞いたことあれへんけど」
上条はその未知の能力について思いを巡らす。魔法と一口に言っても、効果が色々あり過ぎてどんな能力なのか見当もつかない。
「魔法って、まさか火の玉を操ったり吹雪を起こしたり雷落としたりすんのか?」
拓人はロールプレイングゲームでありがちな魔法を連想したようだ。浅はか過ぎる残念見識。そんなパイロキネシスとクリオキネシスとヴォルトキネシスの性能を合わせ持った恐ろしい能力があるはずもない。あったとしても使い手の精神力が持たないだろう。
「うん、そう。ゲームみたいに色んな攻撃魔法を使うんだって」しかし雫はあっさりと肯定した。
「嘘やーんっ!!」
上条の中で常識という名の壁が一気に崩壊した。身をよじりながら頭を抱える。常識では考えられない出来事、アンビリバボー。
「何、驚いてんだよ。魔法っつったら普通そういうことだろ?」
拓人は怪訝な顔でそう言ってくる。無駄に考えを巡らせた自分が馬鹿みたいだ。悔しい。
「うーっ。ええか、そんなわけわからん奴とは絶対にやりあわへんからなっ!!」
上条はそう言い捨てると、早足で歩きだした。
「歩くの速いな。一体、何を怒ってんだか……」
拓人と雫は首を傾げながら、面倒臭そうに後をついてくる。
やがて裏道を抜け、3人は若者で賑わう井の頭通りに出た。今はまだ銀杏の葉もまだ青々としている季節なのに、街は早くも華やかなクリスマスカラーにデコレーションされている。クリスマスのライトアップは年々早まっており、今ではハロウィンが終わったら、即クリスマスの装いといった感じだ。
「イルミネーションが綺麗だな」
後ろにいる拓人がポツリと言った。地方出身の彼にとって初めての東京のクリスマスは刺激的なのだろう。上条も街の明かりに目を向けた。B-SIDEのチームカラーである青をベースに、赤や緑や白といったクリスマスカラーの小さなLEDライトが街路樹や建物を彩っている。
「このB-SIDEカラーのライティングをスターダストの色に変える日が、今から楽しみやで」
上条はそう言って、天を仰いだ。冬の近づいた渋谷の街は、まるで綺羅星の如く輝いていた。
―――†chapter17に続く。




