†chapter14 コロシアムの怪人25
「うわっ!?」
突然亜種の中心に転送されてきた瀬戸口は、バランスを崩して尻もちをついた。その周りにいた者たちも一瞬たじろいだが、見た顔だとわかるとすぐに拳を下ろした。
「何度やってもうまくいかなかったのに、急にテレポート出来た。びっくりしたっ!!」瀬戸口は言う。独り言にしてはいささか大きい声だ。
「びっくりしたのは俺らだ! どっから現れたんだよ!」
小走りで駆け寄り拓人は言うが、瀬戸口の耳には全く聞こえていないようだ。
「いやぁ、テレビの映像でしか見たことない場所へのテレポートなんて出来ないかと思ってたけど、案外出来るもんだね。ハハハ」
瀬戸口が空気を読まずに笑っていると、端にいた逆月が甲高い声を上げた。
「グッチ!!」
あだ名を呼ばれた瀬戸口は、振り返り大きく瞬きした。長いつけまつ毛が宙に踊る。
「ツカサ! 無事だったの? 心配したんだからね!」
2人は駆け寄り手を取り合った。しかし再会を喜んでいる場合ではない。一刻も早くここから逃げ出さなければならないのだ。
「喜ぶのはまだはえぇよ。とりあえずここから逃げるぞ!」
拓人が言うと、瀬戸口はようやくこの異常な状態に気付いた。周りは拳銃を持った黒服の男たち。そして正面にはブラックジャックを持つキョージン。そう、正にこれは絶体絶命のピンチなのだ。
「何これ? ヤバいじゃん。どうすんの? どうすんの!?」
瀬戸口が焦り首をキョロキョロと動かすと、横からいきなり耳を塞ぎたくなるような破壊音が鳴り響いた。キョージンが障壁の一部を砕いてしまったようだ。
「まずい! 侵入を許したかっ!!」
『鬼人』と化した瑠撞腑唖々の氏家が、破壊された障壁に向かっていく。
「キョージンとの喧嘩なんて久しぶりだ!」
闘神の相楽は、嬉々としてキョージンに立ち向かう。
「ここで『瞬間移動』の能力を使わない手はない。戦闘系の能力を持った俺らがキョージンを押さえるから、お前らはその女にしっかり説明しておけ!!」
B-SIDEの岸本は、潰れた声でそう叫ぶと『ドーピング』の能力で身体を一回り大きくし力強く駆け出した。
「皆、正気なの? 本気でキョージンとやり合うつもり?」瀬戸口が漏らす。
「あんな化け物とまともにやり合うわけないだろ! 今すぐにここから脱出する。お前の『瞬間移動』で、ここにいる全員を体育館の外に転送させてくれ」
拓人が言うと、瀬戸口は半開きの口で「はぁ?」と凄んだ。
「バッカじゃないの!? 少しは考えてよ。こんな大人数でテレポートなんて出来るわけないでしょ!」
『瞬間移動』は他の能力に比べて体力と精神力の消耗が極めて大きいのだ。瞬間移動の後ぐったりと倒れる瀬戸口の姿を、拓人自身も魔窟大楼で実際に目の当たりにしていた。だが今は悠長なことを言っている余裕もない。
「テレポート出来なきゃ俺らは殺されるんだぞ」
拓人は言い返す。しかも、ただ殺されるだけじゃない。四肢を切断した後、蟲壺とかいう謎の器に入れられ死を迎えるのだ。
「知らないわよ! ウチとツカサは瞬間移動で逃げるから、あんたたちも勝手に脱出すればいいでしょ!」
「おい、そんな薄情なこと言うなよ。俺とお前の仲だろうが!」
瀬戸口が煩わしそうに「意味分かんない」と言いかけると、隣にいた逆月がそれを制した。
「待って、グッチ。私、聞いたの。この人たちはグッチに頼まれて、こんな危険なとこまで私を助けに来てくれたんだって」
「それはそうかもしんないけどさ……」
瀬戸口が言い淀むと、逆月は再び彼女の手を両手で包みこんだ。
「だったら今度は、私たちが助ける番なんじゃない?」
しかし瀬戸口はむっつり押し黙った。遠くからキョージンと戦う若者の声が小さくこだまする。時間はもう幾ばくもないだろう。
すると横に現れたボーテックスの佐伯が、申し訳なさそうに口を開いた。
「私が言えたことじゃないのかもしれませんが、あなたは唯一の希望なんです。大変なのは承知しておりますが、どうかよろしくお願いします」
その時、佐伯と瀬戸口が視線を交わした。
「あっ! お前、昼間の寝ぐせ野郎っ!」
瀬戸口は佐伯を指差した。そう、この2人は昼間渋谷駅東口モヤイ像前で一悶着起こしていたのだ。
「その節はすみませんでした。とりあえずお役に立てるかはわかりませんが、僭越ながら私もキョージンとの戦闘に参加させて頂きます」
佐伯の指先からは白い爪が光り、顔はアッシュグレーの毛で覆われる。彼はその場で『人狼』への変身を遂げた。
「ギャーッ!!」
その姿に面食らった瀬戸口は、大声を上げながらへたり込んだ。しかし、そんなこと気にも留めずに佐伯は語る。
「恐らく構成員たちは銃を撃ってこないと思います。下手に撃って我々を殺してしまったら、若獅子の怒りを買い処刑されてしまうようですからね。時間は我々がなるべく稼ぎます。あなたは体力と精神力の回復に努めてください」
「つ、努めるって何よ! ウチはまだ、あんたらを助けるなんて言ってないんだからねっ!!」
瀬戸口は金切声を上げたが、佐伯はすでに獣のように地面を蹴り走り去った後だった。
拓人と瀬戸口はキョージンのいる体育館正面方向に目を向ける。複数の亜種たちが懸命にキョージンがこちらに来ることを阻止している。後すべきは、俺が瀬戸口を説得するだけだ。
「頼む、瀬戸口。もう1度だけ、俺らに力を貸してくれ!」
しかし瀬戸口は答えない。何かを生み出すかの如く苦しげに目を瞑り、暫しの後ゆっくりと瞼を開けた。目の前には逆月がいる。2人は互いに見つめ合い、そしてコクリと頷いた。
「わかったわよ。このALICEの瀬戸口倫子が、皆まとめて助けてあげるわ!」




