†chapter14 コロシアムの怪人10
「あいつが不破征四郎か。ようやく会えたな……」
人間の瞳の一件の際、会うことが叶わなかった男が拓人の目の前に立っている。その背後の扉が物々しく閉められ、再び体育館が巨大な密室になった。
不破は1歩2歩と床を踏みしめると、いきなり獣のような雄叫びを上げながら両手で激しく頭を掻きむしりだした。指の力があまりに強すぎるためか、辺りの床に赤い血が飛び散る。精神に異常をきたしたかのような行動だ。
「何だあれは? ブレインウォッシングの副作用か!?」
拓人が聞くと、上条は顎の辺りをさすった。
「いや。不破は元々『パッション』を常用しとるらしいからな。クスリが切れとるんやないか?」
パッションとはスコーピオンが渋谷で売り捌いているケイミカル系脱法ドラッグのことだ。
「禁断症状か。しかしあんな状態で、本当にここにいる全員とやりあう気なのか? 若獅子、何考えてやがる」
「せやな」顎をさすっていた上条の手が止まる。「何やろう? 嫌な予感がするな……」
「あああああああああああああああああっ!!」
血まみれの顔で不破が再び雄叫びを上げた。
相手は精神に異常をきたした人間1人だけだったが、こういう状況ということもあってか皆、躊躇して足が動かない。ただ1人を除いては。
「ジャンキーの相手なんて、余裕なんだな」
パジャマ姿の大男がのほほんとした口調でそう言うと、不破に対して向かっていった。B-SIDEの冬将軍、大関夏男だ。
頭を押さえ顔も伏せてしまっている不破だったが、冬将軍が射程に入るや血走った目を光らせ裏拳を放ってきた。振り子のように弧を描く腕が冬将軍の鼻先を掠める。辛うじてその攻撃は当たらなかったかと思われたが、どういう訳か不可解な力が加わり、冬将軍は風に吹き飛ぶビニール袋の如く後方に吹き飛んだ。
「わっ!!」
宙に浮いた冬将軍は5メートル程吹き飛び、拓人の脇を転がっていった。瞬間、アリーナに静寂が広がる。
「おい、冬将軍が秒殺されたぞ!」
拓人は上条の肩を揺するが、彼もまた不可解であるといった表情で前を見据えている。
「どういうことや? 今のは人外の能力ちゃうんか?」
周りの人間も全員青い顔で二の足を踏んでいる。ここでは人外の能力は使えないはず。そもそも、今のは不破の持つ能力とは異なっていた。
すると今度は不破の方から攻めてきた。狙われたのはボーテックスの佐伯だ。
「そっちに行ったぞっ!!」
拓人の声に反応すると、佐伯はニッと笑い不破に向かって構えた。指先だけを軽く曲げ両方の掌を前に向ける独特のスタイル。
鉄槌のような不破の右拳が横から飛んでくる。並の人間では避け切れないであろうその高速の拳を、佐伯は両手を使って上に弾いた。だがこれでは反撃するまでに至らない。体勢を整える間もなく、不破は左拳を振ってくる。
佐伯が拳を避けようと身を伏せると、その背中を飛び越えミリタリージャケットの男が不破の横っ面を殴り飛ばした。あれは先程佐伯が言っていた、闘神の相楽清春だ。
ふらつく不破の腹部に佐伯は掌底を打ち付けた。しかし不破は表情を変えない。
「き、効いてなさそうだな」
拓人の言葉に、上条が答える。
「いや、ダメージは与えとるはずや。ただ不破は生まれつき痛覚がないっちゅう話や」
「痛覚がない? 人外の能力とは別にか!?」
「ああ、先天的な病気か何かの影響でそうなってるらしいで。全く、戦うには面倒な相手や!」
そう言うと上条も前に駆けだした。他の数名の亜種も一気に勝負を決めようと不破に向かっていく。
一度に5人が飛びかかる。これは防ぎきれないだろうと思った矢先だった。不破が広げた両手を前に構えると、攻撃を仕掛けた亜種たちが次々と見えない壁のようなものに跳ね返された。それは完全に人外の能力と思える技だった。
拓人が理解できずに絶句していると、傍らに佐伯が後退してきた。
「今のはB-SIDE三浦くんの持つ『障壁』の能力ですね」
佐伯の言う言葉の意味がわからない。拓人は跳ね返され倒れている亜種たちを唖然と見ている。
「……それはつまり、どういうことだ?」
「それはわかりません。ただ人外の能力を使用不能にする不破征四郎の『結界』の能力が、今はどういうわけか使用不能にするだけに留まらず、その能力を奪い本人に代わって使いこなしているみたいですね」
「の、能力を奪った?」
佐伯は頷く。「はい。もしかすると今の彼はこの場にいる全ての亜種の能力が使えるのかもしれません」
「全員分の能力……」
わなわなと身を振るわせ振り返る。元々筋肉質だった不破の身体が更に一回り大きくなった。佐伯の言うことが正しいのなら、今度はB-SIDE岸本の持つ『ドーピング』という筋力増強能力を使用したのだろう。
「つまり20もの人外の能力を操る不破を、能力を失い普通の人間になった俺らが倒さなくちゃいけないってことか……」




