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星屑のシャングリラ  作者: 折笠かおる
†chapter4 雨の殺戮者
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†chapter4 雨の殺戮者03

 1ヶ月ほど前から、渋谷ではクラウディ事件と呼称される凶悪な連続殺人事件が起きていた。被害者の死因はいずれも頭部に銃弾が撃ち込まれたことによるものなのだが、街の噂によるとその遺体が発見される際、必ず両目がくり抜かれてしまっているのだという話だ。


 死体がある場所に案内する途中、赤信号で止まった横断歩道の前で、雫ゆっくりと振り返った。

 「もしかすると、今回の犯行は一連の事件とは関係ないのかも……」


 「何故だ? 目に損傷がないのか?」

 巡査は聞く。これがクラウディ事件と同一犯なら、被害者の目はくり抜かれているはずだからだ。しかし雫は首を横に振る。

 「とりあえずていさんも確認してみて」

 信号が青に変わった。雫は前に向き直すと、その横断歩道を渡りだす。これから死体のある場所に向かうという、緊張感が4人の周りにじわじわと広がっていった。


 「しかし巡査の名前はていさん言うんやな。中国人なんか?」

 そんな緊迫した空気を払拭するかの如く、上条は一際明るい声を上げる。先程まで追いかけられていたことなど、最早お構いなしだ。


 「シャー」 

 巡査は前を見つめたまま蛇のような目付きでそう言う。しかし中国語のわからない上条は、それを肯定の返事だと都合良く解釈した。

 「やっぱりそうなんや。外国人でも警察官になれんねんな。初めて知ったわぁ」


 ただ実際のところてい巡査は、亜種を対象とした外国人特別枠で採用された2級巡査という扱いで正式な警察官ではなかった。たった1人で渋谷の街を管轄していることを含めて、色々と異例尽くしの警察官なのだ。


 JR線の高架下トンネルを潜ると、右手に伸びる狭い路地に小さな飲み屋が密集した横町があるのだが、ちょうどそのトンネルと横町の間の角の所に白い半袖シャツを着たアフロヘアーの男性が血を流し横たわっていた。あれが雫の言っていた死体のようだ。


 「ていさん、あそこ」

 トンネルの中から雫が言うと、巡査は横たわる男性の傍らまで歩を進めた。雨に打たれ、死体の頭部から流れた血が水たまりに混じり赤く滲んでいる。

 「今回も泰国タイ人か?」

 巡査がそう聞いたのは、ここ1ヶ月で3件起きているクラウディ事件の被害者が皆タイ人だったためだ。

 トンネルを出た上条は、巡査の背後からその死体にそっと目を向ける。肌は確かに浅黒いが、それだけで国籍までは判断できない。


 「タイ人かどうかはわからないけど、ちょっと顔を見てみて」

 雫にそう言われ、巡査は素直に腰を屈めた。


 「確かに、これはおかしいな」

 白い手袋をつけた巡査は、アフロヘアーを掴み無理やり顔を表に向けた。死体の顔が露わになる。苦しげに口を開いたままのアフロヘアーの死体は、両目が刃物のような物で潰されてしまっていた。


 上条は反射的に目を反らした。

 「街の噂はホンマやったんやな」

 横にいた拓人はいきなり胃の中の物を地面に吐き出し始めた。どうやら目の潰れた死体をまともに見てしまったようだ。


 「何をしてる、現場が荒れるだろっ! 向こう行けっ!」

 巡査が犬でも追い払うようにシッシッと手を振ると、拓人はよろけながら道の端に移動した。

 「アラビアータや……」

 遺体の側に広がった赤い嘔吐物が目の端に映り込んだ上条は、悲しげにそう呟いた。


 「はぁ、はぁ」

 拓人の口から、粘度の高い胃液の糸が下に伸びている。

 「何でそのアフロヘアーの奴、目が潰されてんだ?」

 巡査は腑に落ちないといった表情を浮かべながらも「クラウディの犯行だからだ」と言って紹興酒を一口呑み込んだ。


 「クラウディって何だ?」

 何も知らないのか、拓人は眉をひそめて聞いてくる。

 「今、世間を騒がせている猟奇殺人鬼のことや。過去の犯行がいずれも曇りか雨の雲に覆われとる日に実行されとるから、通称クラウディ言われてんねん。ニュースやら新聞読まへんのか?」

 高架下に戻った上条がそう言うと、続けて巡査が「クラウディ事件の被害者は皆、眼球を損傷しているのだ」と語った。


 「まだ東京に来て間もないから、そんな事全然知らなかった」

 拓人は雨に濡れた髪を手で払いつつ雨を避けるため、上条がいる高架下に避難してきた。

 「なんでやねん。こんな猟奇的殺人事件、全国ニュースでやっとるやろ」


 「猟奇的殺人……。確かにそうだな。犯人は、よほど強い恨みでもあるのか……」

 そこまで言うと何かを思い出したのか、拓人は高架下にある道の側溝そっこうに再び胃の中の物を吐き出した。


 「この程度で一々嘔吐するな。こんなものは、この街では日常だ」

 巡査がそう言いきる。静かな雨音が響く高架下で、上条は極めて小さく口を開いた。

 「いや、日常ではないやろ……」

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