†chapter13 殺人鬼の正体10
「目が潰されとるやと……」
上条は小さくそう呟くと、倒れる物部の傍らに立ち尽くした。脳の中で様々な情報が錯綜する。
「圭介っ!」
上条の事を心配してなのか、みくるが半泣きの状態で駆け寄ってくる。その声で我に返った上条は走るみくるを全力で制した。
「みくるちゃん、こっちに来たらあかんっ!!」
だが遅かった。目から血を流し死んでいる物部の顔を見てしまったみくるは、その場で腰を抜かすと甲高い悲鳴を上げた。
拓人もまた物部の姿を見て顔が青褪めた。「狙撃か? これってもしかして……?」
「やはり、クラウディが現れましたか……」
背後から歩いて来た貞清が言うと、空から光が放たれた。雷鳴が空気を振動させる。
「どういうこと? さっき上層部で殺した『霧隠れ』がクラウディだったんじゃないの?」
いつの間にか横にきていた雫が、貞清に問いただした。
「いえ。霧隠れはクラウディ事件の有力な被疑者でしたがやはり違います。今、物部先生を狙撃した人物こそ真犯人で間違いないでしょう」
「……刑事さんはクラウディが誰なのか知ってるのか?」
拓人がそう聞くと、貞清は見えない目をみくるの方に向けた。みくるは腰を抜かしたまま下唇を噛んでいる。
「みくるちゃん、大丈夫か?」
上条は千枚通しで刺された痛みを誤魔化しつつ手を差しだしたが、みくるは首を横に振ると自分の力で立ち上がった。
「あたし、クラウディの正体なら知ってるわ」
みくるは言った。始めは何を言っているのかわからず適当に相槌を打ったが、よくよく言葉の意味を理解すると上条は目を見開いて振り返った。
「はぁ!? クラウディの正体知っとるってどういうことや?」
上条をはじめ皆固唾を飲み、みくるの言動を見守っている。空からは大きな雨粒が落ちだしたが、誰もそこから動こうとはしなかった。
「クラウディの正体は琉王よ!」
みくるの色違いの目が真っすぐに何かを見つめている。それはとても偽りを語る表情ではなかった。
「琉王さんがクラウディ……?」
その時上条は、カタコンベ東京で楊が言っていたことを思い出した。以前琉王にアメリカ製のライフルを売ったと言っていたことを。上条は肩の痛みも忘れ、それまでのクラウディに関する情報を頭の中で思い返した。
クラウディに殺害されたと思われる被害者は主にタイ人。その全てがデーンシングの構成員だと言われている。デーンシングに母親を殺害された琉王なら動機は存在する。そしてその母親の死因は、銃で左目を撃ち抜かれたことだと琉王本人が言っていた。被害者の目を潰すというクラウディの犯行の手口は、その復讐と考えるとみくるの意見は合点がいくものだった。ただ1つのことを除いては……。
「けど、琉王さんがどういう理屈で雨や曇りの日に犯行に及んだって言うんや?」
上条はその質問をぶつけた。みくるは心痛な面持ちで前を見据える。
「それは琉王がアルビノだから。琉王の肌は紫外線に対する免疫力がないから、少しでも日の光に晒されたらすぐに肌が火傷みたいな状態になってしまうの。曇っている日でもない限り、琉王が日中外出することなんてありえないわ」
アルビノの体毛や皮膚が白化しているのは、先天的にメラニンが欠乏してしまっているのが原因だ。メラニンには紫外線から身体を守る働きがあり、それが欠けているアルビノは強い日差しに短時間でも当たっていると皮膚が炎症を起こし赤く腫れあがってしまうのだ。
「それやったら曇りや雨の日やなくても、夜に犯行を行うほうが都合がええんちゃう?」
「いや、それは現実的に難しいです。渋谷の夜の顔である琉王氏は、365日毎日『道玄坂ヘヴン』にいるようでしたから。偶々(たまたま)仕事を休んだ時にだけクラウディの犯行が行われれば、いくらなんでも周りの人間が気付いてしまうでしょう」
貞清はそう言うとサングラスのブリッジに中指を当て位置を整えた。彼もまた琉王こそが真犯人だと考えていたに違いなかった。
「昔はよく夜の渋谷で一緒に遊んだりしたけど、ヘヴンがオープンしてからはそれもなくなった。琉王は毎日仕事で、自由に動ける日は厚い雲に空が覆われている日中だけになってしまったのよ。丁度今日みたいに……」
みくるは空を見上げた。遠くで鳴った雷の低い音が、薄暗い空にいつまでも響いている。
「……俺は琉王さんがクラウディやなんて、とてもやないけど信じられへん」
そう呟く上条をよそに、みくるは悲しいとも悔しいとも取れない表情で暗雲を睨みつけていた。徐々に強まる雨で、前髪が濡れ額に張りつく。
「ねえ、琉王。あなたなんでしょ! ここに出てきなさいよ! 人殺しなんてもう止めてよ! ねえ、琉王ってばっ!!」
みくるは雨雲に覆われた空に向かって大きく叫んだ。しかし、どれだけ待ってもその返事がくることはなかった。
―――†chapter14に続く。