†chapter1 屋上の闖入者01
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。
街はキラキラとまばゆい光を放ち、夜だというのに空には星1つ見えない。ゆっくりと流れる雲の切れ間から、時折三日月がその姿を現す程度だ。
そんな夜を煌々と照らす街の明かりを風情がないと捉えることもできる。しかし、その薄闇色の空の下には星よりも美しく輝く世界が広がっているのだ。
手を伸ばせばすくえるくらいの光の粒に包まれた、この小さな国の小さな街の中には、如何なる人たちがその夜を過ごしているのだろうか……?
「こうして見ると、めちゃくちゃキレイだよっ」
20階建てのビルの屋上の鉄柵から身を乗り出し下を覗きこんだ少女は、大きな渦巻き状の棒付きキャンディを口から出すとため息をもらした。
少女の瞳は左右で色が異なり、色素の薄い左目が夜のネオンを反射してキラキラと輝いている。
「ねぇ、ねーっ! 聞いてるの!?」
「えっ? あー、聞こえとるで」
屋上に上るための階段室の横には堅牢な扉に塞がれた塔屋があり、その扉の前には針金と工具を持った坊主頭の青年がむっつりと座り込んでいた。
「街のイルミネーションがとってもキレイなの。こっち来て見てみなよ」
少女はおしりを付きだすようにして、柵から更に身を乗り出した。
青年はチラリとそちらに目を向ける。少女のはくデニム地のホットパンツからは、小麦色に焼けた健康的な足がスラリと伸びていた。
青年は顔を赤らめながら鼻をすする。すると何故だか、鉄の味が喉の奥に広がった。
「あっ!」
右の鼻の穴からつーっと流れ出るその体液が鼻血だと気付き声を上げると、それに驚いた少女の肩がピクリと反応した。
「何?」振り返った反動で耳上に合わせた少女のツインテールがフワリと揺れる。
「あかん、体調不良や」
青年は鼻血が垂れぬよう首を後ろに倒す。その姿を見た少女は、何かを察し目を細めた。
「どうしたの?」
首の位置を元に戻すことのできない青年は、そのまま天を仰いだ。
「いや、イルミネーションも綺麗やけど、星空も綺麗やなぁと思って……」
鼻血が出たことを誤魔化そうとしたのだが、前述の通りこの街明かりが眩しいため、夜空に星は確認できない。
「Tシャツに血が付いてるよ」
そう言われ、関西弁の青年は上を向いたまま視線だけ下ろした。彼女の言う通り、白いシャツに赤い血が数滴付着している。
ジーザス……。鼻血を出していることは、すでにバレてしまっているようだ。
耳まで赤くなった青年は少女に向かって手を伸ばした。
「ティッシュ持ってへん?」
少女は塔屋の方に歩み寄ると、ハンドバックの中に手を入れた。「タンポンでも良い?」
青年は盛大に鼻血を吹いた。
「なんでやねんっ!! 変態かっ!!」
「嘘に決まってるでしょ。はい、ティッシュ」
少女からポケットティッシュを受け取ると、上を向いたまま1枚取り出し器用にくるくると丸め鼻の穴につっこんだ。
「あぁあ、Tシャツ赤く染めちゃって、それじゃまるで『スコーピオン』みたいだよ」
鼻を押さえて恥ずかしそうにしていた青年だったが、少女のその言葉を聞くと表情が一転した。
「アホなことを言うな。『スコーピオン』も、『B-SIDE』も、何やったら『ファンタジスタ』も、全部この上条圭介が潰したんねん」
上条という名の青年は勢いよく啖呵を切ったが、少女は対して気にも留めない様子でその場から立ち上がった。
「この街の三大勢力を1人で潰そうだなんて、命が幾つあっても足りなそう」
「別に1人で潰すわけじゃあれへん。仲間はこれから増やすんや」
少女は前髪をかきあげえると、柵の向こうの中心街に目を向けた。
「そう。けどB-SIDEがなくなったら、この綺麗なブルーのサーチライトも見れなくなるのかぁ」
ため息混じりに言う少女の言葉に、上条は間髪入れず言葉を返した。
「こんな青の明かりより、もっと綺麗なもん見せたる。つーか、そのために来たんやろ」
「そうだったね」
少女が笑みを浮かべるのを確認すると、上条もそれを受けニヤリと笑い、手に持った針金を扉の鍵穴に差し込んだ。
「見とけよ鍵穴。上条圭介が今宵、その構造を暴いたるっ」