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REARLIGHT TEARS

作者: 星咲 凪砂

夏が季節の中で、最も素敵だと感じる理由…


それは甘く煌めく特別な恋が、飾りのない夏のシーンに永遠に辿り着けない夢として描かれているイメージがあるからだと思うのです。


それは、いつか出会うかもしれない物語へのプロローグへと繋がっているのですが、もし、あなたが本当に出会いたかった夏と巡り会ったとしても、それには気付かないでしょう…


なぜなら実際に体験した夏のシーンよりも心で想い描いている夏の方が、より理想的な夏のイメージであるからです…


ここに綴られたストーリーは一部、体験したエピソードに基づいたフィクションを夏をテーマに再構成したものです。


あなたに訪れる夏の出会いには、どの様なシーンが描かれているのでしょうか…





夏に彩られた都会の風が夜の香りへと着替えはじめる。


ミントブルーにオレンジリキュールを浮かべたトワイライトカクテルの空を飾るシリウスの光が無くしたダイヤの様に輝きはじめる午後7時、僕はベイサイド・アベニューからサウス・ストリートへとハンドルを切った。

海に面したクルージングへと続くルートには、潮風に光るパームツリーと波に映るアクアシティの美しさが僕の瞳を誘い続ける。

ビジネス街へ入ると僕は取引先へのアポイントの確認の為、連絡を入れた。

シルバーグレーのセダンを追い越し、車線変更のミニクーパーを左へとかわす。

週末の商談について簡単な打ち合わせを澄ませると、見慣れたトニーの店を横切り、レンガ造りの壁がお洒落なK'sバーから賑やかなネオンのナイトクラブへと交差する路地を抜けた所でシグナルに捕まった。

信号待ちで停車中の真っ赤なアウディの鮮やかなテールの後で僕は明日の予定を思案していた時、ふと外した視線の先に進行方向とは別の歩道から近付いて来る女性の姿が何故か、気になり始めた。

信号が変わり、動き出す雑踏から車へと駆けよってくるシーンの中で、その女性は確かに僕の名前を呼んだ。

タクシーレーンで車を停め振り向くと、歩道から飛び出した彼女に対向車のクーペが急ブレーキをかける。

クラクションの乾いた音がアーケードに響き渡る中、息を切らしながら助手席へと乗り込む彼女が言った。


「ねぇ、ドライブしよ!?」


一瞬、止まりかけた時間は彼女の笑顔で再び動きはじめる。

僕はウインカーを上げ、後続のワーゲンが過ぎ去るのを待ち、路側帯からメインストリートへと合流した。

突然のアクシデントを気遣う彼女は冷静に僕の反応を伺う。


「これからの予定は、あるの?」


「全てキャンセルしたから心配しなくていいよ」


軽く舌打ちの振りをする僕の笑顔に彼女は小さく深呼吸した。

その雰囲気は、ようやく彼女の気分をリラックスモードにしてくれた様子だ。

しかし、偶然を装った運命の歯車は新たなる結末の序章に過ぎなかった。

その始まりと終わりが終焉を迎える時、アナザーストーリーは、もうひとつの意外な真実へと傾いてゆく

二人が最後に見る終局の果てが、どの様な意味を持つのか、今はまだ知る由もなかった ────

砂の浮いたアスファルトを照らすライトを消し、二人は車から降りた…

アイランドパークのヨットハーバーに佇む、サーフカラーのセイリングボートがシェロの葉陰から揺れる星空を映しているかの様に時折、光って見える。

僕は彼女に缶ビールを手渡すと話を続けた。


「ここは、意外と知られていないプライベートスポットでね」


「こんな素敵な場所なのに?…」


光のない音だけの海を背にドアミラーに手を添え、車にもたれた彼女の指先に香るメンソールの煙が、ワルツの様な風の旋律に舞う。

同僚としての彼女の性格は、よく知っているつもりでいた。

しかし、以前と比べると明らかに様子が違う。

その違和感の核心に触れる質問のタイミングを迷っていたが、切り出したのは意外にも彼女の方だった。


「今ね、悲しい恋をしてるの」


笑って答える彼女ではあったが、無邪気を装う心の強さは涙で傷ついた悲しみの裏返しであり、切ない痛みに震える自分へのモノローグでもある。


「問題は彼自身ではなく、その彼女の事なの」


僕は言葉を選びながらも、素直な想いを告げた。


「僕でよければ、最後まで話を聞いてあげるよ」


「優しいのね…でも、この問題を深刻で複雑にした原因の全ては私の責任にあるから…」


だがその余韻は、僕の誘いを拒むものではなかった…


「解決を目的としない弱さとプライドとの駆け引きの中で、その糸口は次第に埋もれてしまったのかも…

身近過ぎて気付かなかった優しさの様にね…」


そして彼女は、その重い口を開く。

それは意を決した彼女が誰にも話す事が出来なかった心の空白に自らナイフを入れる事を意味していた…


「それは絵に描いた様な素敵な再会から始まったの。

衝撃的な出会いは運命を変える程の出来事だったわ。

それは彼も後日、同じ話を私に打ち明けてくれた」


断片的な想いが過去形の言葉で描かれていく…


「私は、会いたいと思えばタクシーを使ってでも会いに行く女なの。

彼の方だって、仕事でどんなに遅くなっても車を飛ばして会いに来てくれたわ。

それが例え、夜中の2時であってもね…」


その眼差しにうるむ記憶の色は、涙に映る雨の様に過去を滲ませていく…


「信頼される事への慈しみを糧にしてきた彼女との絆は愛の様に脆くはない。

とまで聞かされていた…


『フレームで切り取られた形だけの愛は飾りに過ぎない』


という言葉の迷宮に心を踏み入れてしまったの。

この愛に始まりがあるとするなら二人が出会う以前から、すでにこの愛は終わっていたのかもしれない…」


「その確執が原因と責任を?」


「…彼女は重い病を患ってるの…

なのに彼と接する際に見せる、誠実で裏のやい心の美しさは私には無い理想の性格…

それは献身的に尽くす、健気で素直な表情から見て取れるわ。

実際に言葉を交した事はないんだけど、彼と再会した時の、臆する事のない笑顔で寄り添う姿を見てそう実感したの。

それでも彼は約束を守る為と言って一線を引いてくれたわ。

恋人としての私と、友人としての彼女、という…」


「それは結婚を前提とした付き合い、という意味の?」


「あなたも知っている通り私にはハンディがあるの。

でも彼は、その全てを認めた上で私を受け入れてくれた。

私も彼女の存在を承知した上で全てが始まったから、彼だけを責める事は出来ないの」


「彼にとっては好都合な話だね」


「でも彼は将来に向けてのビジョンや、その為に必要な時間までも『俯瞰的な例え』という言葉を代用して、真剣に語ってくれたわ。

確かに抽象的な面は否めないけど、その彩色画の様な未来が決められた福音であるなら、約束と誓いは同じ意味を持つの。

その立場が彼女の病を同情する心を狂わせ、いつしか優越感というレッテルに張り替えた、仮初めのフィアンセを演じていたのかもしれない…

結局私は不確定な余裕と引き替えに、彼女との今後の関係を含めた、それまでの過去の一切を白紙に戻してしまった…」


彼の施した布石の定義と彼女が提唱したシナリオが異なる画策であるとするなら、ジレンマの本質は未来の縮図に伏せられた、過去の一端にあるのかもしれない。

小説の様なシルエットの中で、その台詞に彼女の繊細な溜め息が映り込む。


「波を重ねる度に描かれる砂絵の様に甘い幻影に足を掬われただけであれば、彼とのエンドロールを巻き戻すだけでいい…

でも君は、いつも彼に試されていたから、それが出来なかった。

理不尽な口実さえも自らを重ね、正当化する事で、その危惧さえ気付かない振りをしていたから。

代償のない対価と優しさの裏にある合意…

作意的で周到な彼の流儀とは心理面でアバウトな思惑を抱かせ、選択肢を打消された君を見せかけの愛で繋ぎ留める…

それは君が無意識な自己防衛の中で交した、確信犯との声なき同意だったんだ。

それが彼のポリシーであるなら男としてのモラルを疑うよ…

少なくとも僕はね」


彼女は無言で僕の話に聞き入った。


「そうよね…」


波に映る流されないビルのカラーを僕の肩越しで見つめる、彼女の瞳が囁く。

見上げると、エアプレーンの降下灯が宝石を散りばめたティアラの様に輝く対岸の摩天楼へと音もなく光跡を残していく…


「夏に降る雪の様に、奇跡が起きないかな…私にも」


ヒールの足元で戯れる暖かな夜の風がプリーツの裾を揺らす向こうで、赤く染まった三日月が光打つ潮騒にルージュを引いていく…

カーラジオからの声が心地良い音楽に乗せ、午前1時の時報を伝えると、彼女は運転席へと腰掛け肩までの髪を軽く解き始めた。


「ねぇ、彼女の事少し話して…」


シートをリクライニングにし、僕のプライバシーへと話題を振る彼女の狙いは彼への想いを断ち切る決意の謎掛けと、僕には見えたのだが…


「先月別れたばかりの彼女の事を話しても楽しくは無いけど、君と違って大人しく控え目な女性だったよ」


「そうなんだ…」


憂いを帯びたシリアスなリアクション…

その直後、彼女は意外な行動に出た。


「ねぇ、私じゃダメかしら?」


甘える様に自分を指さして男を惑わす手慣れた演技力には舌を巻くが、確執の根源にあたる感情の相違は魅力的なアピールとは、又別の所にある。


「愛情を意識すると、友情が壊れる」


「それ誰が考えた格言なの?」


「経験から生まれた、僕のスローガンさ」


おそらく彼女は、美化された過去の本質にさいなまれ自らのあるべきアイデンティティーさえ取り違えている。

恋愛にとって、彼女のメリットが意味する大切なものとは、実は単純な答えの中にあった。


「共通の接点は同じ価値観を生むわ。

私達、絶対上手くいくと思うの」


やれやれ…といった口調で釘をさす僕の一言も、彼女には通用しない。


「公私混同しない所が僕の長所なんでね」


「それも経験から?」


「これは、僕のステータスさ」


8月の星座が海の中へと消え行く誕生石の様に蒼く堕ち光る中、シャンデリアの様な臨海副都心を湾岸沿いに走ると、ランドマークでもある、タワーシティ・オブ・アクアフロートがジュエルカラーに浮かび上がる。

その華やかに装飾された夜の顔と、危うさに酔う彼女の恋愛スタイルが何故シンクロするのか…

セオリーを脱げば、希薄な関係の二面性が刹那的ナルシズムのシンメトリーではなく、模倣された稚拙な洗脳に類するからだろう。

それを星霜の翳りと切り離すかは裁量ではなく、その意志の有無が示すものだ。

水の中を泳ぐ様なフローラルミントの香りがシートにもたれ眠っている彼女の本質とまでは言わないが、求めている未来が僕に何を期待しているのか。

横切る景色の中で、その闇を見い出せないでいた…



広大な記念公園の外周を囲む様に整備された芝生の丘に沿って、等間隔に立ち並ぶ新緑が初夏の陽光に揺れ始める中、パーキングゲートから東寄りに離れた木陰に停車した僕は彩りに満ちた花壇の後方にある白いベンチへと腰掛け、彼女の目覚めを待った。

数分後、朝の気配に気付いた彼女がリクライニングにしていたシートを起こすと、取り出した携帯電話でその笑顔を隠す様に軽く振る“彼女らしい”おどけ方で目覚めのサインを送った。

それを見て安心した僕が彼女の元へ歩み寄ると、


「アドレス交換…まだ、だったでしょ?」


差し出されたその画面に表示されている番号を登録し終えると、僕もそれに習い8桁の数字が並んだメモを彼女に手渡した。


「必要ないなら処分していいよ」


その言葉に彼女は、微笑む様にそっと目を伏せながら首を横に二度小さく振り、キー操作を始めた。

僕はその時間を考慮し、運転席へと回り込みドアを開け、その様子を伺う様にシートへと座る。

だが、その指先が止まり、彼女は画面を見つめたまま何かを考え始めた。

表情に変化はないが、


「数字に解読不明な箇所が?」


「うぅん、違うの…」


直後、笑顔で携帯電話を閉じるのだが、傾けた待受画像は彼の写真ではなく、ブランドロゴへと差し替えられていた…



彼女が住んでいるマンションはリゾート開発公団が管理する美咲の森国定公園の最南端に位置した入江の高台に面しており、そこから見下ろせるロケーションの美しさは国内でも有数の観光地のひとつとして知られている…

真新しい国道に照葉が涼しげな陰を描く中、その長い上り坂の途中にある真っ赤な歩道橋から2つ手前の信号を過ぎた路側帯で僕はパーキングブレーキを引いた。


「朝食だけでも一緒にどうかしら…?」


「僕は君の彼氏じゃないから、ここで失礼するよ」


「私って、そんなに魅力ないかなぁ…?」


不機嫌さに茶化す様な仕草をブレンドした、独特な甘えのスタイルは顕在の様だ。


「君を失わない為のルール…今以上を求めなければ、それ以下にもならないだろ?」


「彼とは違って…でしょ」


彼女は初めて、満面の笑みを浮かべた。

ドアを開けた彼女が車から降りると素早く運転席へと駆け寄り、窓越しに立つと…


「でもそれは、いづれ私と会う唯一の口実を失くす事には、ならないかしら」


ここは理に敵う言い訳は通用しないと察知した僕は、


「このシートは、いつも君の為に空けておくよ…という事にしておこうか」


助手席を軽く押さえながら微笑む僕に対し、無言で頷く彼女との僅かな距離がサイドウインドによって隔たれていく。

すると、そこへ文字らしき何かを彼女は指で描いたのだが、読み解く事は出来なかった。

クラクションを二度鳴らし走り去る車に向かい、小さく手を振る彼女がバックミラーの中で消えていくまでの間、僕はずっと、その姿を追い続けていた…



車は再開発の進む都心部を抜け、首都圏へと入っていた。

都会の空が白く明けていく中、都心高速の案内ランプを通過した辺りで、聞き慣れた着信音がモーニングコールの受信を知らせる。


「本当に…色々と、ありがとう」


彼女の声が、受話器の向こうで涙ぐんでいる…

僕は“その声”を、ラジオから流れてくる美しいフレーズにそっと近付けた…


「この曲は『リアライト・ティアス』と言ってね、大切に想う人を永遠に守ってあげたい…という願いから作られた曲なんだ」


「それって私に対しての愛情なの?それとも友情?」


「両方だろうね」




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