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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

これ何の肉なんですか? えっ?

作者: 寝舟はやせ
掲載日:2026/07/03



「えっ? これって人間なんですか?」


 お椀を持ち上げたまま尋ねた俺に、村長の叶さんは笑顔で頷いた。

 そうなんですよお。まにこべ村では十年に一度、贄として選ばれた一人がみんなに振る舞われるんですよお。贄ってのは必ず選ばれなくてはならなくてえ、でも外から連れてこれるなら村で決める必要もなくてえ、贄を食べるとみんな五十年は幸せに生きられるんですよお。


 両隣に座る織田内と茅井は、喉の奥から掻き出すみたいにして吐いていた。美味しいのにもったいないなと思いながら、俺は蹴っ飛ばされた卓上の鍋を追いかける。三秒ルール三秒ルール。そういや霧台を昨日から見かけてなかったな。これもしかして霧台翔吾くんですか?


 漫研に所属する俺達は、サークル唯一の女性である〝姫ちゃん〟こと亜麻目あまめ姫香ひめかの誘いで、彼女の出身の村にやってきていた。

 全員が全員、清々しいほどに姫ちゃん狙いである。好きな子が生まれ故郷に来ないかと誘ってくれて、しかもそれがお泊りだってんなら、そんなん当然行きたい訳で。よって俺も織田内も茅井も霧台も、姫ちゃんのお誘いにほいほいついてきた。


 そうして今、俺は霧台だったもののすき焼きを食べている。

 美味しい。卵とよく合う。人間って卵と合うんだ。知らんかったな。


 激昂して飛びかかった織田内が、若い衆に手斧で頭をかち割られている。口の中からだらりと真っ赤な舌が垂れて、咳き込むように血の泡が溢れ出た。どたん。ばたん。手足が幾度か暴れて、すぐに大人しくなる。

 悲鳴を上げながら立ち上がった茅井は、逃げ先を探してあちこち視線をやった後、俺に向かって(・・・・・・)、口の端から泡を飛ばして怒鳴った。


「さ、っ、さ、サ、笹原ァ! 何食ってんだお前ェ!」

「いや。だって。美味いし」

「イカれてんのかテメェッ!!」


 信じられないくらいにドスの利いた声だった。店員さんに毎度三回は注文を聞き返される人間とは思えない程に太い声である。そんな声出るんだなお前。

 人でなしの化け物のような扱いを受けているが、どうせこれから俺も殺されるのだ。だったら、美味いもの食ってから死にたい。みんな言うだろ、最期に美味いものを食いたいって。命の終わりに人間がこんなにも美味しいと思い知るなんて、全く人生とは驚きに満ちている。ところで米が欲しい。米も欲しいしおかわりも欲しい。


「おかわりありますか?」


 お碗を手にしたまま尋ねると、織田内を大雑把に解体し始めていた若い衆がぬるりと顔を上げた。作り物じみた鈍い輝きの眼球が、じっとりとした視線を向けてくる。顔を寄せた数人が、目だけをこちらに向けたまま、何やらひそひそしはじめた。ひそひそ。ひそひそ。それやめてください。俺はね、目の前で人間が頭をかち割られるより、人間と人間がこっちを見てずうっとひそひそしてるのが何より怖いんですよやめてください。やめてください。やめろ。

 笑顔の村長だけが、ありますよお!と元気に返事をしてくれた。やったあ、おかわりおかわり!


 さて。

 ところで俺は、この場のルールに気づき始めていた。

 お碗を手にして(・・・・・・・)いる限り(・・・・)、彼らは俺に武器を向けてこないのである。


 まにこべ村では、生贄を食する行為は、決して妨げてはならない、よっぽど神聖な儀式であるようだった。余所者の無作法な振る舞いを前にして、斧を構えるにも躊躇う程度に。

 それはそうか。命を奪い、それを食するのだから、当然、それは素晴らしく尊い、真剣かつ深刻な意味合いを含む行為だろう。食事は大事だ。普段は全く、意識したことはなかったが。仕送りに期待など出来ない貧乏学生の俺は半額以下の弁当を二日に分けて食べる生活などをしている訳だが(自炊が壊滅的に出来ないし、要領の悪い人間にとってあれは全く節約にならない)、食べるのは飢えないためだけであり、こんな風に、素晴らしく美味しい食事に感動しながら口に運ぶなんて経験をしたことはない。


 俺は物心がついてからの十七年間、実家では生ゴミ処理係であった。中々に優秀な人型コンポストであったとだけ言っておこう。


「卵とかありますか?」


 抵抗のために振り上げた腕を、猟銃によって肘の下からふっとばされている茅井を横目に、俺は村長に卵をねだった。にこにこしながら卵を渡してくれた村長が、ひそ、と耳打ちしていく。明日はステーキありますよ、お若い方はね、嬉しいでしょ、ねっ。

 ステーキ! ステーキですってよ。そんなの食べたことない。いやある。チェーン店のアレも立派なステーキではあるよな? 食べ慣れすぎなくてこっちで初めて食べた日には会計前にトイレで吐いちゃったからね。好きな子の故郷で、ゲロの思い出を書き換えるのも良いものだろう。


 姫ちゃんの故郷は良い村だなあ、と思った。思うことにした。なんたって、好きな子の故郷なんだから。

 ちなみに、全然思っていない、などとも言い切れないのが難しいところだった。ちょびっとくらいは、本当に思っている。そもそも単純に、この世に『良い場所』などというものは存在できないが故に。そこに俺が入り込んだ時点で、そんな場所は〝よいところ〟だなんて呼べやしないからである。

 〝よいところ〟というのは究極的には良い人の集合によって作られるものであり、そこにゴミカスの俺が入ったら、それってもう良いところじゃないのでね。仕方ないね。

 でも。

 此処を〝よいところ〟にしたいなあ、とは思った。よいところというのは、つまり、住み良いところ、という意味である。住んでいても良いところ、である。住んでいてもいい。つまり、許されるところ。そう。そういうことである。


 まにこべ村を、客観的に見て異常な村である、と片付けてしまうことは出来る。村民の中から生贄を探すような村が異常ではないなどとは口が裂けても言えない。俺は一応、そういう常識の元に生きているからだ。

 けれども、実の息子に卵の殻を食わせて笑っている母親というのも、十分に悪趣味で異常で不気味な存在ではなかろうか。東京の。江戸川で。庭付き二階建ての平和なかわいいお家で。息子に生ゴミを食わせている。

 何のルールで決められてもいないくせにそんな真似するやつの方がキショくないですか? 違いますか? どうなんですか?


 この村では贄を食すのがルールなのだ。長く長く続いてきた決まりなのだから、それに従うのが道理である。俺はそれ(・・)がめっぽう得意だった。物置小屋に住みなさいと言われたからそうしたし、残飯を食べなさいと言われたから食べたし、排泄物は自分で片しなさいと言われたからそうしたし、外では普通に振る舞いなさいと言われたからそうした。ルールだから。

 ただ、ルールで決められたはずなのに、俺は最後までどう足掻いても優秀な成績が取れなかった。それはそうだ。何事にも限界がある。ルールだからと言って、息を止めても生きていける訳ではないし。俺にとって、勉強をして良い成績を取るというのはそういうことだった。活動限界。お父さんよりいい大学に行きなさい。そういうルールだった。小学校に上がる前に漢字が書けるようになりなさい。英語が話せるようになりなさい。お父さんよりいい大学にいってお父さんより稼いでお父さんよりもよい人生を送りなさい。はて。もうスタートから父より最悪な人生なのに?

 致し方あるまい。それがルールである。決められたことだ。俺より優秀な弟は、全てのルールを遵守した結果、きちんと幸せな人生を歩んでいる。最近、可愛い彼女が出来たんですって。羨ましいね。

 俺が繰り返し見せられた素晴らしい家族を映したドラマのように、弟は輝かしい未来を生きていくのだろう。

 羨ましいね。


「ゔぁぁーっ!! 笹原! たすけて! 笹原!!」


 頭皮を半分剥がれた茅井が、髪の毛を引っ掴まれて引き摺られていく。畳を蹴り付ける足が邪魔なのか、押さえつけられたそれをぐるぐると縄で縛っている。どうして先に意識を奪わないのだろう。あるいは口を塞いでしまわないのだろう。村長は少し曲がった腰に手を当てながらにこにこしている。にこにこして此方を見ている。


「割り下って追加してもらえますか?」

「おほほ! よい食べっぷりですねえ!」


 村長は変わらずにこにこしながらお肉も追加してくれた。茅井はとうとう叫びもしなくなった。ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん、お母さん、と泣いている。茅井は日頃の言動を見るに母親をロボット掃除機かなんかだと勘違いしている節があったが、もしかするとそれは愛情の裏返しだったのかもしれない。お母さん、お母さん、たすけて、たすけて、ごめんなさい、お母さん。

 啜り泣く茅井は、襖の奥の廊下へと引きずられて、すっかり見えなくなってしまった。


 ふつふつと煮えている鍋を見下ろして、中へ放られた肉の色の変わるのを、ただじっと眺めていた。

 おかあさん。口の中で呟いてみる。俺も死ぬ間際には母に縋るのだろうか? 結局はそういうものなのだろうか。想像してみるが、ちっともぴんと来なかった。きっと、母だって、自分が亡くなる時に俺を思い出すことはないだろう。


 もし。もし俺が死の間際に縋るとしたら、それは、対面に座る彼女をおいて他にいない。

 亜麻目姫香。姫ちゃん。主食はわたあめですみたいな顔をしながらどんなご飯ももりもり食べるくせに、太もも以外はすらっと痩せている可愛い女の子。

 睫毛の角度と髪の手入れに命を懸けていて、いつも本当にお姫様みたいな服を着ている。

 今日も。古めかしい屋敷にはミスマッチに見えて、丁寧に手入れされた洋服の質感が案外しっくり来ているのは、きっと、姫ちゃんにとって此処が本当に故郷だからなんだろう。本当に、大事な故郷だから、だろう。


「姫ちゃん」

「な、なあに?」

「結婚しよう」


 俺はお碗を片手に、姫ちゃんにプロポーズをした。

 霧台のすきやき鍋がひっくり返されてからこれまで、座敷の長卓の前でぴくりとも動かず、真っ青な顔で正座し続けていた姫ちゃんに。


「ぁ、え? え?」


 姫ちゃんはくるんくるんの睫毛に縁取られた目を白黒させながら、可愛い声で何やら戸惑っていた。付き合ってほしい、をすっ飛ばして結婚を迫るのは、なるほど確かに困るだろう。

 それでも、俺は姫ちゃんと結婚したかった。好きだからだ。愛しているからだ。


 俺は姫ちゃんが好きだ。それは姫ちゃん自身が思っているような、『ヒメとっても可愛いから♡』という自認に沿った理由ではない。もちろん、姫ちゃんはとびきりに可愛いけれども。可愛いことはさして重要ではない。

 俺は姫ちゃんの、やさしいところが好きなのだ。


 お箸を丁寧に持つと使い易いでしょう、とにこにこしながら教えてくれるところや、穴の空いた服に可愛いキラキラのキャラクターをくっつけてくれるところや、俺が勧めたアニメを一週間とかからず全部見てくれるところや、身体の洗い方まで教えてくれた上でセックスをさせてくれるところや、セックスの後にゲロを吐いても許してくれるところや、もう死にたいと喚いたら泣きながら何度も止めてくれて、それでも、こうして、故郷の村に連れてきてくれるところが。

 好きなのだ。


 別に姫ちゃんは俺にだけ優しい訳ではない。そんなことは知っている。分かっている。姫ちゃんは誰にでも優しいので誰とでもセックスをする。俺だけではない。漫研の男は全員姫ちゃんと寝ていた。姫ちゃんにとってはそれが恋愛のルールだったのだ。姫ちゃんは紛れもなく、間違いなく、真実として、自分の懐に入れた男全員が好きだった。

 外野は下卑た言葉で姫ちゃんを蔑んだが、姫ちゃんにとってはそれがこの世の真理だったのだ。俺には、よく分かる。〝外〟と違うルールで生きている他者を見る時、人間は驚くほど残酷で醜悪になる。どうせ、たまたま、幸運にも、大多数に則したルールで生きているだけのくせにね。


 霧台が運ばれてきた時、姫ちゃんはとっても喜んでいた。美味しそうだね、よかったね、とつやつやの可愛いほっぺを赤く染めながら喜んで、そして、ネタバラシを食らった織田内と茅井が吐いたところで、怯えたように身を強張らせた。

 あれ? どうしてだろ? どうしてヒメのおもてなしを喜んでくれないんだろ? なんでだろ? なんで?

 綺麗に整えた眉を困ったように下げて、つやつやの唇を震わせて、戸惑いと恐怖をないまぜにした顔をしていた。姫ちゃんが悲しんでいるのが悲しくて、俺はたくさんおかわりをした。実際美味いし。霧台は一番、体型的にも味が良さそうな感じだった。初めに選ばれるだけはある。


「姫ちゃん」

「な、あに」

「嫌なら、断っていいからね」


 単に、最後にきちんと言っておこう、と思っただけなのだ。好きな子との結婚だなんて、とんでもなく、とてつもなく、はちゃめちゃにしたいに決まっているけど、でも、姫ちゃんが嫌なら断ってほしい。俺みたいなのと結婚したい女の子が存在するだなんて、そんな勘違いをしたことはない。

 きらきらでかわいい女の子がある日突然、全てを救ってくれるみたいに俺を愛してくれるだなんて思ったことはない。とびきりに面白くって最高の青春を描いたアニメはいつだって煌めいていて素晴らしかったけれど、俺は暗い画面に映る自分と向き合う時間を忘れたことはない。俺は愛されるような人間ではない。愛されるに値する人間ではない。

 でも。少なくとも、誰かを真剣に愛することの出来る人間ではあった。姫ちゃんを愛したことを、誇らしく思っている。本当に。風呂に入るのも身なりを整えるのも本当は吐き気がするんだ。自分が真っ当な人間のフリをしている塵であることが露呈するのを何より恐れているから、バレる前に全ての責任を放棄して、初めから出来損ないだと示す身なりで生きている。人間になりきれなかった擬きなのだと、痛いほど理解しているから、わざわざ触れないでくれと全身で示している。


「でも」


 姫ちゃんは、俺が自ら被った汚泥を丁寧に掻き分けて触れてくれるような人だった。汚いからこんな生き物触るのやめた方が良いよ、と真剣に頼んだのに、じゃあ洗ったらいいね、と笑うような人だった。


「嫌じゃなかったら、結婚してください」


 俺は茶碗から手を離さないまま、繰り返した。血まみれの衣類を取り替えたらしき若い衆が戻ってきている。姫ちゃんは彼らをちらちらと見やりながら、何やらもじもじとし始めていた。もしかして、彼らの中の誰かとも寝たのかもしれない。それで、本当はその人と結婚する未来を思い描いてるのかもしれない。どうだろう。どうだろうね。この世は姫ちゃんの愛を受け止めるには狭すぎるからな。


「笹原くん、ヒメね、いっぱい食べる人が好きなの……」

「うん。知ってる」


 だからいっぱい食べました。


 丁寧な所作で卓上の箸を取った姫ちゃんは、いつもと同じく綺麗な手つきで鍋の具材を掬い、照れくさそうに微笑みながら俺の口へと差し出した。

 あーん、である。嬉しいね。


「いっぱい食べてね、旦那様♡」


 すき焼き味のキスだった。


 さて。

 村長が笑顔でオッケーを出したので、俺と姫ちゃんは無事に入籍した。村長がいいって言ったんだから誰も文句は言えなかったらしい。世界の仕組みってのは大体何処でも同じように決まっている。


「あっ、ご両親へのご挨拶って、どうしよ?」

「ええ? そうだなあ~……」


 俺が家族にどんな扱いを受けていたか知っている姫ちゃんは、不安げな顔で両手を組み合わせていた。上目遣いの瞳は今日も変わらず、くるんと綺麗な睫毛に縁取られている。姫ちゃん、今日のカラコン可愛いね。


「十年経ったら、行こうよ」


 それじゃあ挨拶って呼べるのかは分からないけど。

 その時を想像してみて、やっぱりすぐには出来なくて、それでも俺は、久々に心から笑った。


 俺と姫ちゃんは、十年も円満でいられるかな? 分からない。どうせ此処も同じだからだ。何処に行こうと同じだ。みんな、何処にいようと、変なルールで生きている。気味が悪い。ただ漫然と、従っていれば生活がスムーズに行くだけのルールに従って、それでこの世は上手く回っていて、そして、真っ当にすんなりと回った上で、人はくるくる回る素敵なルールの上でとびきりに歪な感情を交わしている。


 何にせよ、破綻するまでは問題のない話だ。

 平穏って、そういうものでしょう。


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― 新着の感想 ―
>十年に一度、贄として選ばれた一人がみんなに振る舞われる >十年経ったら、行こうよ(両親への挨拶) うん!!十年後もまたスキヤキ(思い出の味)かな!!! 不味そうだが、江戸川の可愛いおうちに住んでる…
猟奇殺人が真横で行われてるのわかるのに、スキヤキがやたらめったら美味しそうなんだなぁ 因習村に染まりまくった姫ちゃんを丸っと受け入れてるから、婿の素質ありありだったのでしょう 村長に認められてから姫ち…
 読ませて頂き有難う御座いました。  Excellent!
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