序章:偽りの女王と瑠璃の少年
1. 崩壊する「約束の檻」
王都を優しく包んでいた暖かな、そしてあまりにも不自然に凪いでいた結界が、パキリと音を立ててひび割れた。 それは、名君と称えられた先代国王アルトリウスが崩御し、下町出身の養女エルサ(19)が即位して、わずか数日後のことだった。
「血筋が途絶えたことで、千年の『永久盟約』が違約とみなされたのだ!」 「守護神の怒りに触れた! この国は終わりだ!」
宮廷の学者たちが青ざめ、悲鳴を上げる。 建国期、初代国王が守護神たる古代竜ヴェルザードと交わした絶対の約束。それは「王家の血脈が続く限り、竜は国を護る」というものだったはずだ。天を覆うドーム状の結界の向こうから、これまで見たこともない禍々しい雷鳴が響き渡る。守護神を失った王国は、未知なる外敵の脅威に晒され、滅びのカウントダウンを迎えようとしていた。
2. 偽りの女王の証明
「血が繋がっていなかろうと、私は先代様に選ばれた女王だ。民を置いて逃げたりはしない」
エルサは、王宮の宝物庫に眠っていた初代国王の遺品――身の丈ほどもある、ひどく煤けて錆びついた大剣を背負い、気丈に振る舞った。 宮廷の貴族たちは、その大剣を見て一様に冷笑を浮かべる。
なぜなら、初代国王の伝説には、教科書から消された「異説」があったからだ。 ――初代王は高貴な血筋などではなく、一介の賤しい傭兵に過ぎなかった。ただ、民を護ろうとするあまりの「不屈の魂」が、気まぐれな古代竜の心を動かしたのだ、と。
だが、現在の王宮でそれを信じる者はいない。あるのは「血統こそがすべて」という盲信だけだ。 エルサが背負う剣の柄に嵌め込まれた「盟約の魔石」は、いまや黒く濁り、完全に沈黙している。自分が血の繋がらない「偽物の王」であるという動かぬ証拠が、鋭い刃のように彼女の心を痛めていた。
3. 瑠璃の少年との邂逅
そんな絶望の最中、エルサは迫り来る嵐の予兆から逃れるように、王宮の裏山へと足を運ぶ。そこで彼女が出会ったのは、木陰でうずくまる、身寄りのない小さな少年(8)だった。
ボロボロの衣服を纏い、自分の名前も正体も、すべて忘れてしまったという少年。しかし、怯えきった彼が顔を上げた瞬間、エルサは息を呑んだ。 少年の瞳は、この薄暗い王国の空のどこを探しても見つからないほど、吸い込まれそうに美しく澄んだ瑠璃色をしていたからだ。
「ルリ。あなたの目は瑠璃の海みたいに綺麗だから、今日からルリよ」
エルサが優しく微笑み、泥に汚れたその小さな手をそっと握ったとき、ルリは弾かれたように顔を輝かせ、無邪気に笑った。
「ただのガキじゃねえな……。この非常時に、妙に気味が悪ぃ」
そう言って影から現れたのは、ラインハルト(20)。エルサと同じ下町の孤児院で育ち、彼女を護るためだけに泥水をすすって最年少で近衛騎士となった、ぶっきらぼうだが実直な幼馴染の青年だ。 ラインハルトはルリの、子供とは思えない底知れぬ魔力の気配に鋭く警戒しつつも、ルリの前でだけは「偽物の女王」の仮面を外し、心から笑うことができるエルサの姿を見て、それ以上は何も言わなかった。 二人は、エルサのささやかな心の支えとなったその少年を、共に温かく見守ることを誓う。
しかし、偽りの平和は、彼らが気付かぬうちに内側から瓦解の一途をたどっていた。 王宮の影、教会の暗がりで、血統の檻に囚われた者たちが、ギラギラとした狂気の目を光らせていたのだ――。




