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クラフト系地味勇者 礼子  作者: シェーラ
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月曜の朝とかに大活躍する

椅子に腰掛ける礼子の対面に、カノンも少し申し訳なさそうに、遠慮がちな仕草で腰を下ろした。その座り方は、まるで目上の者の逆鱗に触れることを恐れる新人のようであり、先ほどまでの「案内役」としての威厳は、礼子の放つ理性の圧力によって霧散していた。


「神様がこの通りですので、予定を変更して私からご案内いたしますが、いかがでしょうか?」


そう提案するカノンに対し、礼子はわずかに眉を上げた。大理石調の椅子の冷たい感触を背に感じながら、彼女は目の前のうら若き女性を、まるで精密機械の配線図を確認するように凝視した。


(……もしかしたらこの女性は、ある程度スタッフとしての権限を持ち、施設内を自由に出歩き、出口の鍵や非常口の場所を把握しているのかもしれないわ。ここで無下に否定して彼女の自尊心を傷つけるよりも、一時的に話を合わせ、彼女の脳内設定を利用して情報を引き出すべきね。患者との信頼関係構築――ラポールの形成こそが、この不条理な監獄から脱出するための第一歩だわ)


礼子は深く頷き、まるで国際会議の重要議題でも聞くかのような、極めて真剣な面持ちで先を促した。その態度は、カノンにとってこの上ない承認として機能した。


「実は、ほぼ完全に詰みかけている『魔界』と称する別世界……というか、惑星丸ごと一つが敵として登場する異世界があるのですが」


(なるほど、王道の設定ね。過酷な労働環境、あるいは倒産寸前の企業を『魔界』に見立てた、典型的なメタファーだわ)


礼子は適度な相槌を打ち、カノンの妄想の構築を妨げないように配慮する。


「敵は、出張端末を聖剣とかで粉々にされる程度では、その異世界で数百年くらい活動停止になるだけの三流の邪神なんです。けれど、複数ある侵攻先の世界のうち、一つがほぼ壊滅状態でして。邪神は次元に穴を開けて軍勢を送り込み、多くの死と自分の領域拡大をもたらしては元の世界に帰る、を繰り返しています。どうやら完全制圧までは、別の神の支配下にある世界に長くとどまれないみたいで……」


どこかで聞いたような話だわ、と礼子は内心で冷静に評した。ついさっきまで夢の中で見ていたあの異世界でも、魔王が周期的に湧き、そのたびに勇者と称される不運な若者が駆り出され、泥沼の消耗戦を繰り返していた。その非効率極まりない構造が、このカノンという女性の精神構造の基盤になっていることを、礼子は分析していく。


「そこで礼子さん。あなたには数あるスキルのうち、邪神の一部を完全に消滅できるものを一つ選んでいただき、神界……つまりここで習熟を行った後、直接魔界に乗り込んで、大本である邪神の一部を討伐してもらえたらなって。それで多くの世界に出現している邪神端末の活動を止められるはずなんです。おすすめは『幻影召喚』ですね。今まで作ったり従えたりした者の実体ある幻影を呼び出して戦わせる魔法です。単騎でも、あの砲兵隊を呼び出してアウトレンジから叩けば、かなり邪神を削れると思うのですよ」


なかなかよく練られたストーリーだわ、と礼子は感心した。カノンの語る設定は、まるで精緻に書き込まれたファンタジー小説のようであり、その熱量は尋常ではない。きっと「砲兵隊」という単語は、先ほど病床で喚いていたあの老人とのやり取りから即座に拝借したアイディアなのだろう。彼女の状況適応能力と想像力だけは、高く評価すべきだと礼子は思った。


「世界というか惑星自体が邪神の本体なので、核兵器レベルのものを撃ち込んでも滅ぼせはしないんですけどね。惑星上に顕現している『邪神の一部』を壊すだけで、活動が止まって様々な世界に余裕ができますから」


「なるほど。……非常に興味深い『思考実験』ですね」


静かに、そして完全に他人事として、あたかも学会の質疑応答のような冷淡さで語る礼子の瞳を見て、カノンは一瞬、言葉を失って口を半開きにした。


「アッ……ハイ。ソウデスネ……」


カノンの返答は半ば棒読みで、その表情には礼子の「乗り気のなさ」に対する戸惑いが隠せなかった。だが、礼子は構わずに、その妄想の設定条件を、まるで技術要件の定義書(RFP)を精査するように分析し続ける。


(つまり、この施設の『作業療法』の一種として、そのような高度なシミュレーションゲームを私にやらせようというわけね。いいわ、付き合ってあげる。その『邪神の討伐』とやらを完遂すれば、私は『社会復帰可能』と客観的に診断されて、この部屋を出られるというわけでしょう?)


礼子は、カノンの提示した「幻影召喚」という情緒的で不確定要素の強いスキルを、即座に脳内のシュレッダーに放り込んだ。他人の幻影、それもかつての戦友などという主観的な記憶に頼るなど、再現性がないばかりか、不測の事態におけるリカバリーが不可能だ。エンジニアとして、そんな不安定なリソースを前提にプロジェクトを組むわけにはいかない。


「もし仮に、私がその邪神の一端とやらを、貴女の言う『物語の中』で倒しに行くと仮定するなら、幻影は使わないわね。付与されるスキルに、エネルギーはどの程度使える設定なの? もし前任者がいるなら、その方が取った戦法はどんなものだったと考えられるかしら。過去の失敗事例は、成功への何よりの糧よ」


礼子の返答に、カノンは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出し、その頬に赤みを差した。


「任務中に限り神界が完全バックアップしますので、それはもう湯水のごとく! 無尽蔵だと思って構いません! 前の人は『再生』を選んで、死なない体でゴリゴリの削り合いを数百年単位で続けていましたね。凄まじい根性でしたよ」


礼子は眉をひそめ、冷ややかな思考を巡らせる。その表情には、同業者に対する憐れみすら浮かんでいた。


(延々と肉弾戦を数百年も続けるなんて、非効率極まりないわね。時間の使い方が致命的に間違っているわ。肉体的にも精神的にも、リソースの無駄遣い以外の何物でもないわね)


判断を下した礼子が、静かに、しかし断固とした口調で口を開く。


「……例えば、もし選ぶとしたら『圧縮』とかあるかしら?」


「ありますけど、あれって生命体には一切使えない設定ですよ? だから邪神をぺちゃんこに、なんて芸当はできないです。本来はゴミとか、余った端材をコンパクトにまとめるのに便利なやつですし。勇者様が選ぶような派手な能力じゃないですよ」


カノンの説明を聞き、礼子の口角がわずかに上がった。その僅かな笑みは、難題の解法を見出した数学者のような、静かな狂気と知性を孕んでいた。別に礼子は、圧縮を邪神本体に直接使うつもりなどない。そんな、システムそのものを無視するような「打ち出の小槌」のような魔法は最初から期待していないのだ。


「とても素敵ね、圧縮。月曜の朝のゴミ収集の前とかに大活躍しそうだわ。もしもらえるなら、私はそれがいいわね。地味で確実な作業こそが、最も効率的な結果を生むのよ」


礼子ののほほんとした、あまりに生活感溢れる回答に、カノンは頬を膨らませ、呆れたように抗議した。


「真面目に考えてください! せっかくの世界を救うチャンスなんですから! もしかして、邪神を鉄の檻で囲って、その檻ごと圧縮するつもりでいます? 言っておきますけど、圧縮空間の中に一定以上の大きさの生物が含まれていても、圧縮は発動しませんからね! そんな小細工は邪神には通じないです!」


「あら、そうなの? 条件が厳しいのね。ところで、邪神を囲む檻を出せないということは、私のスタート地点は、邪神の一部から相当遠い場所に設定されているのかしら? 私にもらえる能力とは別の、標準的な遠距離攻撃魔法があったと仮定して、スタート地点からその顕現している邪神の一部に直接魔法を撃ち込むことは物理的に可能?」


その問いに対し、カノンは不満げな表情を引っ込め、職務上の知識を思い出すように真面目な顔で答えた。


「スタート地点……というか、ゲートを開けるのは、顕現した邪神の端末が察知しづらく、その力が及びにくい特定の安全圏になります。具体的には、惑星の真裏に顕現邪神が位置する形になります。ですから、初期地点から直接攻撃は絶対に届かないし、仮に大陸間弾道ミサイルのようなものを生成できたとしても、大気を横断する途中で察知されて、瞬時に迎撃されると思ってください。接近戦は避けられない設定です」


惑星の真裏。察知と迎撃。そして生物には効かない、物体のみを対象とした無尽蔵のエネルギーによる圧縮。その条件を聞いた瞬間、礼子の脳内の設計図は、最後のボルトが締められるようにカチリと完成した。


「なるほど。状況は把握したわ。じゃあ、やっぱり『圧縮』にするわね。行うのも単純作業だし、習熟の必要もなさそうだわ」


礼子は何でもないことのように、夕食の献立を決めるような軽さで答えた。カノンは呆れたように肩を落とし、ため息をついたが、礼子の瞳の奥に宿る、工学的で冷徹な「計算」の光には気づいていなかった。


(生物には効かない、ゴミをまとめるための圧縮。そして、対象は惑星の裏側……。ふふ、それだけ完璧に条件が揃っているなら、わざわざ歩いて会いに行く必要なんて微塵もないわね。物理法則と質量を計算に入れれば、答えは一つだわ)


地味な土属性の元勇者は、その「ゴミまとめ用スキル」という名の物理法則干渉ツールを手に、惑星規模の「掃除」という名のデバッグを開始しようとしていた。彼女にとって、邪神の討伐とはもはや戦争ではなく、物体を少しばかりいじり、不適切な存在を物理的に「排出」するだけの簡単な事務作業に過ぎなかった。礼子の指先は、すでに空想上の惑星の核を捉えていた。



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