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クラフト系地味勇者 礼子  作者: シェーラ
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異世界スローライフ、土魔法で山村を豊かにします

聖都の最上階に位置する白亜のテラスに立つショウタの視界は、眩いばかりの純真な黄金色に支配されていた。


彼が手にしたミスリル製の聖剣は、天から降り注ぐ正午の太陽を真正面から受け止めて神々しく煌めき、サファイアを贅沢に象嵌した豪奢な銀の板金鎧は、彼の「選ばれし救世主」としての肥大化した自尊心をこの上なく完璧に満たしている。眼下の広場に埋め尽くされているのは、教国と帝国の精鋭からなる数万の軍勢だ。整然と並んだ鉛色の鎧が波のようにうねり、無数の槍の穂先が陽光を弾いて鋭く直立する様は、一国の存亡を賭けた決戦の序曲に相応しい威容であった。


「勇敢なる将兵の諸君! 僕こそが、この絶望に沈む世界の最後の希望となるべく召喚された、光の勇者だ!」


カシナート卿の卓越した風魔法によって増幅されたショウタの声が、大気の振動となって聖都の隅々にまで力強く響き渡る。彼は自らの言葉が民衆の心に火をつける快感に酔いしれ、さらに声を張り上げた。


「闇を恐れる必要なんて何もない! それは君たちの弱い精神が生み出した、実体のない幻影に過ぎないんだ。僕がその聖なる光ですべての邪悪を焼き払い、この世界に永遠に続く不滅の栄光をもたらすと、ここで神に誓おう!」


ショウタが陶酔の極致に達して聖剣を天高く突き上げると、彼の魔力に呼応した極大の光柱が雲を割り、天を貫いた。直後、地を揺るがすような兵たちの熱狂的な咆哮が巻き起こる。それは、圧倒的な個の武力と、神話的な象徴に盲目的に陶酔した、もはや狂信に近いレベルの熱狂であった。


熱狂の余韻を背に、重厚な絨毯が敷かれた私室に戻ったショウタを、神官長アイバーが手揉みをしながら恭しく迎えた。


「素晴らしい演説でございました。今日という日は、暗黒の歴史を打ち払う聖なる転換点として、我が教国の聖典に永遠に刻まれることになるでしょう!」


「はは、少し大袈裟だよ、アイバー」


ショウタは謙遜を装いながらも、傍らのフランソワからの心酔しきった熱い眼差しを受け、隠しきれない高揚感に口元を緩ませていた。


「魔王軍は国境沿いの忌々しい古城に精鋭を集結させているようですが、未だ沈黙を保ったまま一歩も動きませぬ。おそらくは、我らが勇者様の底知れぬ威光に怯え、震え上がっているのでしょうな」


「ふん、石造りの城に立て籠もったところで、結局のところ結果は同じさ。僕の放つ光からは、地の果てまで逃げられやしないんだから」


ショウタは高価な革のソファーに深く腰掛け、クリスタルグラスに注がれた最高級のワインを一口含んだ。芳醇な香りに目を細めた彼は、ふと思い出したように、些細な好奇心から口を開く。


「そういえば……あの召喚の日に僕の隣にいた、あの地味な土魔法の女はどうなったんだ? 全く気配を感じないけれど」


アイバーは待ってましたと言わんばかりに、思い出し笑いをするように肩を不自然に揺らした。


「ああ、あの役立たずですな。最新の報告によれば、どこぞの物好きなドワーフどもに拾われて、僻地の山村で細々と土いじりをしているようです。魔法を使って、開墾や農業といった下賎な仕事に精を出しているとか」


その言葉が耳に入った瞬間、ショウタの口角は醜悪なほど大きく吊り上がった。


「ハハッ! まさに役立たずにはお似合いの悲惨な末路だな。今頃、異世界スローライフ、土魔法で山村を豊かにします、なんて能天気なタイトルでもつきそうな、負け犬らしい惨めな生活を必死に送っているんだろうよ」


「全土を救う唯一無二の光の勇者様とは、住む世界も次元も違いすぎますな!」


豪華な部屋には、現実を知らぬ者たちの傲慢な笑い声が虚しく響き渡った。彼らは、自分たちが歴史の正当な主役であり、最強の軍勢を率いて正々堂々と魔族を蹂躙することこそが、この世界の真理であると信じて疑わなかった。


彼らはまだ、自分たちがスローライフと嘲笑ったその僻地の工房で、礼子が量産しているものが単なる豊かな作物だけではないことを、夢にも思っていない。礼子が土魔法という名の精密工学で構築したのは、心安らぐ平和な村などではなく、魔王軍を、そしてその後には自分たちの旧弊な騎士道を旧時代の遺物として粉砕するための、巨大な軍需産業要塞であるという事実を。


そして、礼子が虎視眈々と狙っている一撃が、騎士道という名の時代遅れのゲームを、盤面ごと冷徹にひっくり返そうとしていることを、彼らの鈍い感覚では察知することすら不可能だった。


「レーコ様、本当にこの僅かな人数で行かれるおつもりですか? 連合王国の全軍を挙げれば、もっと多くの正規兵を揃えることも可能ですが……」


一方、連合国の国境沿い。大湿原の縁にて、湿った泥濘と立ち込める不気味な霧が視界を遮る出発地点で、連合国の現役文官が悲痛な声を絞り出した。彼の背後には、最新鋭のライフリングが刻まれたマスケットを背負い、精密に分解された野戦砲を分担して担いだ、グレイ率いるリザードマンの精鋭百名が静かに控えている。


礼子は、霧の彼方に広がる魔王領の不気味な輪郭を見据えたまま、どこか遠くを懐かしむように、それでいて心臓を氷付けにするような冷徹さで答えた。


「私が今から行おうとしているのは、近代的な銃砲を主軸に据えた外科手術的な奇襲よ。大軍を動かせば道中の兵站が到底維持できないし、何より魔族の斥候にこちらの意図を早期に察知されてしまうわ。湿原の中に魔法で堅牢な道を作りながら、最短距離で心臓部へ突き進む。この百名という数字こそが、現在の私の計算上の最適解なの。空からの斥候として敏捷なハーピー族を貸してくれた国王陛下には、心から感謝しているわ」


礼子はゆっくりと向き直ると、震える手で自分が渡した分厚い革綴じの技術書を、家宝のように抱える村長を見つめた。


「村長。その本には、この先百年分の科学テクノロジーの基本原理と、進むべきロードマップが記してあるわ。勝手に広めず、王や信頼できる職人たちとだけ話し合い、慎重に文明の底上げをしなさい。たとえ将来的に光の勇者が他国を導き、電気文明に至ったとしても、一方的に搾取され、隷属させられないだけの地力を今のうちにつけるのよ。まずは自己励磁式の直流発電機と、ニューコメン式の蒸気機関の実用化から着手しなさい。いいわね?」


「……必ず、必ず無事のお帰りを。我ら一族一同、この地で貴女様をお待ちしておりますぞ」


村長の皴の深い目から溢れ落ちた熱い雫が、礼子が整備した堅牢な石畳の上に、小さな水跡を残した。


「相手は魔王と称され、この世界の理を歪める存在。何が起こるか私にも完全な予測はできないわ」


礼子はさらりと、だが周囲の空気を凍りつかせるような恐ろしい可能性を口にした。


「もし作戦が失敗し、万策尽きた最悪の事態には、兵たちだけを安全圏へ逃がして、私の水魔法の究極の自爆技を使うことも視野に入れているの。重水素を魔力で無理やり原子レベルで融合させ、この地上に太陽と同じ原初の火を顕現させる……」


礼子が細い指先で差したのは、雲の向こうで淡く輝く太陽だった。核融合という科学的な概念すら知らぬ者たちであっても、太陽そのものを地上に強制召喚させるという言葉の響きだけで、この世界そのものが一瞬で消滅するほどの破滅的な災厄を直感的に理解した。引き攣る一同の表情を、礼子は冗談よとも言わずに、ただ事務的な業務連絡のように受け流す。


「それじゃあ、時間だから行ってくるわね。後片付け、よろしく」


そう言い残して、礼子はいつものように、近所の市場へちょっと買い物にでも行くような軽い足取りで、不気味な霧が渦巻く大湿原へと迷いなく踏み出した。


そこには、英雄にありがちな気負いも、悲壮感も一切存在しない。あるのは、ただ目的を最も効率的に遂行するためだけに研ぎ澄まされた、絶対的な合理性のみ。光の勇者が華々しい喝采とスポットライトの中で大軍を動かしているその裏側で、地味な勇者は世界の物理法則を根底から焼き切る不発弾を静かに抱え、確実に魔王の喉元へと這い寄っていった。

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