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ラブレター その⑥

 王宮には食料や日用品、珍しい品物など、あらゆるものが毎日運びこまれる。危険な物が運びこまれないように、あるいは王宮の物が盗まれないように、門を警備するのは衛兵の役目だ。その日、門番を任されていたのはヘルメスだった。

 昼休憩中のヘルメスに先導されて、厩舎に停められた馬車の前へカリンはやって来た。


「こちらがウトリの馬車です。馬車の中に商人のローブを用意してありますので、それに着替えて、中でお待ちください」


 馬車の荷台は白い幌に覆われており、外からは中が見えない。

 カリンは言われたとおり、馬車の中でローブに着替えた。フードを目深に被ると、顔がフードの影に隠れる。これなら顔を見られなくてすみそうだ。

 ヘルメスの言葉に従い、カリンは荷台でウトリを待った。


 たくさんの馬が主の帰りを待っており、馬も生きている以上、出すものは出す。鼻をつまみたくなるような臭いに、カリンは顔をしかめた。鼻が臭いに慣れて、もうなにも感じなくなったころ、ようやくウトリが現れた。


「カリン様、いらっしゃいますか?」


 ウトリが馬車の幌を捲った。痩せ気味のヘルメスと違って、でっぷりと太ったその男の名はウトリという。王宮でも何度か顔を目にしたことがあった。

 数年前からウトリは、王宮に珍しい品物を持参するようになっていた。品物自体は非常に珍しく、価値のあるものばかりだったが、出自に問題があると噂されていた。


 殺人現場から盗まれた代物だとか、墓を暴いて発掘された代物だとか、散々な言われようだ。当のウトリは笑って否定していたが、その疑いが消えることはなかった。

 ヘルメスとウトリは同郷らしい。そのよしみもあって、カリンの王宮脱出作戦に、ウトリも加わることになった。


「商人のウトリです。王宮では何度か、お目にかかることがありましたが、お話しするのは今日が初めてですね。どうぞよろしくお願い致します」


 ウトリはカリンに笑いかけるが、目の奥が笑っていない。先述の物騒な噂もある。ヘルメス同様、注意を払わないといけない人物だった。


「よろしく頼むわ」


 カリンが手短に挨拶すると、ウトリは隣に立つ青年を手の平で指した。


「私の従者のアセビです。普段はタキール広場で商品を販売させているのですが、今日は特別に連れて参りました。アセビ、カリン様に挨拶を」

「アセビです。私がカリン様の護衛と、タキール広場の案内を務めさせて頂きます。初めてのことなので、なにかと不慣れな点もあるかとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します」


 純朴そうな青年は、慣れた動作で深々と頭を下げる。顔を上げると豊かな金髪が揺れ、青く澄んだ瞳が水面のように光った。

 まだ若そうなくせに、妙に落ち着いている。王女の護衛という重すぎる任務にも、まったく怯んだ様子がない。


「あまりここに長居していると、不審に思われます。そろそろ参りましょう」


 ウトリが幌を閉めて、カリンだけが幌の中に残された。馬が歩き始め、馬車が前へ進む。白い布を透過して、幌の中に光は入ってくるが、外の景色は見えない。外がどうなっているのか、ひどく気になった。


 衛兵の制止する声を受けて、馬が歩を止めた。甲冑を鳴らして、足音が近づいて来る。幌を持ち上げ、幌の中を覗きこんだのはヘルメスだった。

 ヘルメスとカリンの目があう。ヘルメスはカリンが見えていないかのように首を巡らせて、幌の中を見回した。それから幌を閉じる。


「異常なし」


 ヘルメスが馬車から降りて、また馬車が前へ進みだす。すべて計画通りだ。

 馬車が少し進んだところで、また幌が開き、今度はアセビが顔を覗かせる。


「門を抜けました。もうだいじょうぶです」


 一人のときは、どんなに頑張っても、王宮の外へ出ることは叶わなかった。それなのに今回は、あっさりと門を潜れてしまった。ヘルメスとウトリは信用できない人物だが、人選は間違っていなかったらしい。

 緊張のため、いつの間にか止めていた息を、カリンは吐く。


 大通りを曲がり、王宮が見えなくなったところで、ウトリは馬車を止めた。馬車を降りたカリンとアセビに、ウトリが約束の時間を伝える。


「4時に、また王宮へ品物を持参する予定になっています。それまでに、ここへ戻って来てください」

「わかった。アセビ、タキール広場の案内は頼んだわよ」


 カリンがアセビに視線を向けると、アセビは爽やかな笑顔で応える。


「承知しました。タキール広場はこちらです」


 アセビに案内されて、大通りを歩く。

 初めて見る王宮の外は、活気に満ちあふれていた。人が多すぎて、擦れ違う人と、どうしても肩がぶつかってしまう。しかし、ここではそれが当たり前のようで、誰もそんなことは気にしない。


 どこもかしこも人であふれていたが、一区画だけ人の寄りつかぬ場所があった。その中心は、細い路地裏へと続いている。好奇心を刺激されたカリンは、アセビの傍を離れて、路地裏に足を向けた。

 路地裏を覗きこむと、痩せこけた男たちが膝を擦りあわせて、麻薬の葉を燃やしていた。白くたなびく煙に、鼻先を向ける男たちの表情は陶然としている。


 路地裏の入り口の近くにいた男が、黄色く濁った眼をカリンに向けた。男は枯れ木のように細い腕を、カリンへ伸ばす。恐怖で凍りついたカリンは、とっさに反応できない。

 長い腕がカリンの肩を抱き、路地裏からカリンを引き剥がした。見上げると、息がかかりそうなほど近くに、アセビの凛々しい顔がある。


「だいじょうぶですか? 危険なので、路地裏には近づかないでください」

「わかったから離して」

「失礼しました」


 頬が熱い。カリンが無言で歩き、その隣をアセビが困ったように頬をかいて歩く。その頬は、カリンの真っ赤に染まった頬とは違い、平素の色をしている。カリンがこんなにも動揺しているのに、平然としているアセビが恨めしかった。


「アセビは何歳なの?」

「15歳です」


 カリンはわざとらしく柳眉を逆立てる。


「私は10歳なの。私より5歳も年上のアセビが、私に敬語を使っていたら、周りの人に変に思われるでしょ? 敬語はやめてよ」

「承知しました」

「ほらまた敬語を使ってる」


 二人は顔を見合わせて、示し合わせたように噴きだした。


「私のことは呼び捨てでいいよ」

「わかった。じゃあ、なんて呼べばいい? さすがに本名で呼ぶのはマズいだろ?」

「じゃあ、リンカって呼んで」

「それじゃあ、リンカ、ここが世界のあらゆる品物が集まる交易の場、タキール広場だ」


 タキール広場には、様々な人や物が行き交っていた。

 肌の黒い人もいれば、白い人もいる。服装や言語も、てんでバラバラだ。言葉が通じなくても、身振り手振りで、人々は互いに意思を交わしている。

 カリンは自分がここに来た目的も忘れて、人々の活気に見とれた。


「リンカはここに、なにをしに来たんだ?」

「そうだ。私は人を探しに来たんだった」


 アセビに問われて、ようやくカリンはここへ来た目的を思いだした。傍らに立つアセビを見上げる。


「ねぇ、アセビ。この広場で商品を売っている男の子を知らない? 年は私と同じ10歳で、アセビみたいに金髪で目が青いんだけど」


 いい返答を期待したのだが、アセビは渋い顔をした。


「この広場で働く子供なら、たくさん知ってるけど、リンカの言う子供に心当たりはないな」

「そんなぁ。私はその男の子に会うために、王宮を抜けだしたのに」


 今にも崩れ落ちそうなカリンを、アセビが笑顔で励ます。


「まだ落ちこむのは早いぞ。一緒にその男の子を探そう。タキール広場は広いし、色んな人が商売をしてる。俺が知らない商人だって、たくさんいるし、その中にきっと、その男の子もいるはずだ」

「そうだよね。落ちこむのは、まだ早いよね」


 気を取り直して、カリンは少年の捜索を開始する。人でごった返す広場を、二人ははぐれないように肩を寄せあって歩いた。

 周囲の人の目には、私たちはどんな風に映っているのだろう? もしかして恋人同士にでも見えているのだろうか?


 カリンを警護するため、傍らを歩くアセビは周囲に目を光らせている。アセビの青い瞳は、今まで見たどんな宝石よりも美しい。

 カリンの視線に気づいたのか、アセビがこちらを向いた。先ほどアセビに抱き寄せられたときの胸の鼓動が蘇ってくる。


「なんでリンカは、その男の子を探してるんだ?」

「それは……」


 少年とは不思議なノートを介して知りあった。そのノートを母に奪われて、少年と連絡がとれなくなったから、直接会いに来た。

 そんな風に正直に答えれば、カリンの頭がおかしくなったと思われるだろう。そこでカリンは、嘘でごまかすことにした。


「タキール広場で買い物をした家臣から、私の熱狂的なファンがいるって聞いたの。私と同い年の男の子だって言うから、興味が湧いて、こっそり見に来たのよ」


 王宮内でのカリンは問題児だが、王宮外でのカリンは人気者だ。

 王宮外には意図的に嘘の噂を流しており、カリンは聡明で優しい王女ということになっている。見た目に関しても、絶世の美女である母の血を色濃く受け継いでおり、国民に向けて演説する父の後ろに立っているだけで、皆の目を釘付けにした。

 そんな背景もあってか、カリンの嘘を、アセビは容易く信じてくれた。


「そっか。どんな男の子なのか、会ってみるのが楽しみだな」

「そうだね」


 頷いたカリンが思い描いたのは、アセビのような見た目の男の子だった。

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